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副業禁止規定の廃止は「起業支援」に他ならない

単なる「サラリーマンの会社掛け持ち」は結果的にはすべてを失うだろう。その前にやるべきは自分自身の本丸を築くこと、すなわち起業である。「起業を副業から始める」のはソフトランディングの手段としては極めてエレガントだと思われる。

「副業禁止規定の廃止」はバブル崩壊直後、すなわち1990年くらいからごく一部で静かに始まったトレンドと記憶している。「働き方の多様化」「ひとりの人間の中にある多様な個性を活かす」「自己実現への近道」などの美辞麗句に彩られた柔軟な制度として昨今あらためて脚光を浴びているようだ。

しかしこれ、実態としては「あなたの面倒を一生見るのはもう無理です」という企業からの一方的な宣言であり、すなわち「終身雇用制度の破綻」に過ぎない。真綿で首を絞めるような「じっくり時間をかけて行う合法的な解雇」に近いと言っても過言ではない。「ほか(副業)でうまくやれるようならウチにいてもらわなくてもいいよ。そのほうがお互い幸せかもね」ということだ。

例えば、あなたがこの規定をフル活用して3社に掛け持ちで所属するサラリーマンだとしよう。ここで早晩不可能になるのは就労時間管理だ。最初はタイムシェアリングのようなカタチ(A社で週25時間、B社で週15時間、土曜日はC社で8時間、など)で時間管理ができるかもしれない。しかし、そのタイムシェアリングの境界領域が徐々に曖昧になってくることを実感することになる。

3社は、あなたを勤務時間の長さで評価することをすでに放棄している(むしろそれぞれが短くなった分だけフィーを切り下げる口実が発生する)。結果的に「成果ベースのフィー」に移行するはずだ。会社があなたに求めているのは「あなたの能力を発揮した結果としての成果」であって、決められた時間、事務所に滞在してくれていることがとてもありがたい、ということは(一部の職種を除いては)あまりないだろう。

そして、あなたが雇用先3社すべてに対してそれなりの成果を出そうとすればするほど「A社のデスクでB社の仕事をこなしつつ、C社の取引先とメールのやりとりをしている」ということが日常茶飯事にならざるを得なくなる。

こうなってくると労務時間管理は事実上不可能である。そして成果が出なければ次期の契約はない。あなたは時間的裁量権確保と引き換えに「かつては安定的だった雇用」を失う。これが副業禁止規定廃止の実態である。

1社からの安定的雇用を確保した上で、最初に実施すべき「副業」はたったひとつしかない。それは「自分の会社を作ること」だ。

当該所属企業からは「個人事務所」のように見える建て付けにしておいたほうが無難だが、実態としては最初から株式会社または合同会社(合同会社は必要に応じて株式会社に転換できる)にしてしまうのが良い。法人格が使えるからだ(詳しくは「No.42 自分をマネジメントするために『会社』は不可欠」を参照。余談だが、マイナンバー制度という個人情報の漏洩を促進する悪法から逃れる意味でも法人格を活用すべきである)。

これがあなたの「副業」になる。そしてB社やC社の仕事はそこに放り込む、という形式をとる。ある程度の期間、その形態で(売上などの)様子を見て「これはそこそこいけそうだ」と思えるようになってきたら新規のD社、E社の可能性を探る。

D社、E社が請け負えるなら、あとはあなたのビジネスをどの程度拡大再生産できるかを考えるフェーズにシフトする。労働集約型が自身の得意とするところであればそれほど顧客数を増やすことはできないが、ある種のライセンス(知的財産)をベースにするなら無尽蔵にクライアントが増える可能性もある。また、そのフェーズになれば自分自身の「ワークライフスタイル」を自分でコントロールすることが可能になるだろう。

そして(ここが重要なところだが)最後に、つまり「時間的にこれ以上無理」というところまで来たら、主たる収入源であるA社の仕事を請負契約に切り替えれば良い。これで、なんのリスクやボラティリティ(volatility=変動幅)もなく起業したことになる。

いずれにしても、その時点では、ある程度の顧客数が存在する状態になっているはずなので、次期契約を継続してくれないクライアントが出現しても大勢に影響はないだろう。(確率は低いはずだが)いちばんアテにしていたA社が仮に契約してくれなくてもさほど困らないはずだが、いずれにしても安全弁として「A社を最後の(請負契約上の)顧客にする」のがA社に所属するサラリーマンにとっての戦術上の重要なポイントだと思われる。

「副業禁止規定が真綿で首を絞める解雇」である、ということは言葉を変えれば「起業のためのソフトランディング」でもあるのだ。なかなか起業の踏ん切りがつかない中年のために用意された「とても心優しい制度」として最大限活用したいところである。「副業での成果を本業に活かすことができる」という一見美しい筋書きはおそらく眉唾だろう。ヒトはそんなに器用な生き物ではない。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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