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「請負契約」とは何か?

請負契約とは、「信用」をうまく活用することによって、両者の売上高利益率を高めようとする協調行動だ。信用は「積み重ねて分厚くすることができる」という特徴がある。未来の信頼を引き出す手段としては、過去の信用取引がもっとも有効なのだ。すなわち起業直後に最初に納品するものが発注者からの信頼に応えるものであることが長期的な成功への第一歩、と言えるだろう。

「仕事」という言葉は思いのほか広い概念だ。力学的なエネルギーあるいは物理量としての「仕事」から始まって、賃金が発生しない家事労働、いわゆるシャドウワーク(shadow work:Ivan Illichによる造語)も重要な「仕事」である。従って「人工知能が仕事を奪う」といった報道に惑わされることなく、我々中年起業家として獲得すべき「仕事」とは何のことを言ってるのかを改めてきちんと定義したほうが良いと思うわけである。

で、結論としては極めてシンプルで、中年起業家にとっての仕事とは「請負(うけおい)契約」のことである。仕事は他人がいなくてもできることも多いし、極端な話、地球上から人類がいなくなったとしても物理的現象として残り続けるものさえある。しかし「請負」になるとコトは少し面倒だ。「発注者」の存在が不可欠なのである。

「請負」は仕事という大きな概念に含まれる取引形態のひとつで、受注者と発注者のあいだでの業務委託契約、すなわち納品物と報酬を交換する取引のことを指す。「業務委託契約をきちんと獲得する」という目的を曖昧にしたまま起業して失敗している人が意外と多いので、「仕事とは何か」という荒っぽい議論よりは「請負とは何か、自分にはそれができるか」を考えるべきなのだ。

あなたの新しい仕事は、労働集約的な請負から始まる。数年後にその請負業務自体が若干システマチックになるというところまでは行くが、それがその後、自動集金システム的な華麗なサービスになってとってもラクができる、などということは残念ながらほとんど「ない」という前提で請負を受注することに邁進しよう。

実際に発注される請負業務の内容は、1件あたりの金額と契約形態によって実に様々なケースが展開されることになる。「単価×契約社数×契約期間」のバリエーションによってあなたのワークスタイルが規定される。逆に言えば「何人(あるいは何社)との請負契約をどのような形で締結したいと考えているか」であなたらしさが表現できることになり、そもそも「自分に発注してくれる人や法人は存在するか?」を考えることが起業の可能性を探る、ということになる。

発注者はなぜあなたと請負契約を結んでもいいと考えたのだろう。一番最初に勘違いとともに思いつくのは「他にそれをできる人がいないから」なのだが、言うまでもなく、そのような特殊な能力や知的財産を持っている人など(あなたも含め)ほとんどいない。

自分の能力にそれなりに自信を持つことや、他人が持っていない差別化要因に自覚的であること自体は悪いことではないが、多くの場合それは「井の中の蛙」程度のものなので「こんな自分にでも経験をベースとした若干の専門性はあるだろう」くらいにとどめておいたほうがいい。逆説的だが「あなたができることを、あなたと同じようにできる他人は無数に存在する、と考える謙虚さがなければ発注は来ない」のである。

加えて、発注者のニーズは多くの場合、複合的であることに注意しよう。複合的な理由の中核にあるのは「(発注者が)社内でそれをやろうとすると高くつくから」だ。会社の中でやりくりするよりも、市場から探してきたほうが価格性能比が高いとなれば、法人というクールな存在は、それを社内調達で無理に賄おうとせず「外注」するだろう。

それ以外にも、「自分(=発注者)でもできるが、時間がないので」「(たいした品質でなくても)速いし、納期が正確だから」「その場所にいてくれること自体がありがたいので」「割安感がある(価格性能比が高い)から」「実験的なプロジェクトなのでリスクを外に出しておきたいから」などの理由を総合的・複合的に判断して発注しているということが多い。

「(高額だが)他には代替不能な高品質だから」については、そういう場合もまったくないわけではないだろうが、くらいにとどめておこう。蛇足ながら「あなたのことが好きだから」みたいな気持ち悪い理由を根拠にした発注は、いろいろ問題があるに決まっているので長期的な観点からすれば請け負うべきではない。

この複合的な理由をたった一言の熟語で表現しようとすると、「信用」とか「信頼」という言葉が思い浮かぶ。過去の取引についての評価が「信用」、そして未来に我々が行うであろう行為に対する期待が「信頼(あるいは信託:信託法における信託という意味では使っていない)」ではないかと思うが、とりあえず便宜的にこの2つの言葉を厳密に使い分けないということにしておく。

というわけで、「業務委託契約の獲得」とは「ある程度の専門性に対する信頼の獲得」と言い換えても間違いではなさそうだ。ここに至って、請負契約とは(ある種の)信用取引のことである、ということが判る。

ではなぜ「信頼」が必要なのだろう。「信頼とは何か」については山岸俊男氏の著作(同氏の著作一覧)に詳しいが、それはともかく「信頼」は(ヒト、モノ、カネのような)資本のごとく振舞い、社会的コストを劇的に下げていることだけは確かだ。

例えば、米国にそそのかれてスタートしあっけなく破綻した「法科大学院制度」は、弁護士ニーズが日本国内にはさほど存在しないことを証明した。日本は信頼を構築するためのコストが極めて小さい、イコール信頼資本が潤沢な国であることが明らかになったように思う。

それに加え、一般に弁護士オペレーション(紛争の解決手段としての弁護士の介入)を始めてしまうと、当事者同士が想定していた売上の総和は(どちらが勝訴したとしても)減ることが多い。従って、そのあたりは融通無碍な和解に持ち込んだほうがお互い得である、ということをそれぞれが阿吽の呼吸で理解している、ということもあるような気がする。

そもそも日本の企業は、業務委託契約に関連した契約書(contract)の締結については極めて杜撰だ。これは「口約束が非常に信用できる」ということの裏返しでもある。では契約書が実にしっかりしている米国企業が契約に厳格か、というとこれがさにあらず。立派な契約書をかなりデタラメな理由で破棄したりするので、契約書がしっかりしていることと、契約内容を律儀に遂行することは別の話のようである。

ともあれ、請負契約とは、「信用」をうまく活用することによって、両者の売上高利益率を高めようとする協調行動だ。信用の良いところは「積み重ねて分厚くすることができる」ということだ。未来の信頼を引き出す手段としては、過去の信用取引がもっとも有効なのだ。起業直後に最初に納品するものが発注者からの信頼に応えるものであることが長期的な成功への第一歩、と言えるだろう(筆者自身もそうだったか、と問われると甚だ怪しいのだが)。

一般に発注者は中堅以上から大企業だと考えたほうがいい(発注者が自分と似たような零細企業の場合は契約が継続しないことが多い)。だとすると「大企業」とは何かを知っておく必要がある。「No.13 大企業とは学校である」で述べたのは大企業そのものの性質だが、請負の受注にあたっては、大企業に勤務する社員の一般的傾向と当該発注者の個性も併せて知っておく必要があるだろう。

我々に発注できるくらいのポジション(いわゆるLOB=Line of Business:マネージャークラス)にいる大企業の社員はいったい何に関心があるのだろう。彼らにとっては新卒にせよ転職組にせよ「当該企業に入社できた」ということ自体がゴール、すなわち目的はすでに達成されている。だとすると次の関心は極論すればたったひとつしかない。それは「人事」である(その次に付け加えるものがあるとすれば「自分のチームの売上」とそれを達成するための「チームワーク」だと思われるが、それもこれも自分自身の人事のため、と言い換えることができる)。

特に、4月1日付けで発令される異動・昇進・昇格・転勤・出向・転籍などの人事は彼らにとって「その1年でもっとも重要なイベント」と言い切っても過言ではない。下手をすると年明け早々くらいから4月の人事のことで気もそぞろになったり、仲間同士での飲み会ももっぱら春の人事が噂になったりするのが大企業なのだ。

中小企業に比べ、会社の経営自体や雇用そのものに気配りする必要がない分(シャープやJALのようなことはいつまでも他人事であり続けるだろう)、自分の関心を人事に集中させることができるのが大企業のメリット(?)だろうか。特に、自分自身の人事に変化がないことがある程度推測できている場合は、他の仲間の人事を面白おかしく論評する人が大量生産されるのがこの時期だったりする。とても楽しそうなのだが、ちっとも微笑ましさを感じさせないのが残念なところである。

馬鹿馬鹿しいと思いつつも、受注サイドである我々もこの「大企業の人事」、そして(次年度の)予算策定期という二つのポイントについて配慮した動きをする必要がある。同じクライアントに対して、現状の契約業務の普段通りの納品と、次年度に実行してほしいあるいは実行すべき企画などの提案(=案件の継続や更改を含む)を併走させるべき数ヶ月間が存在するということに留意しよう。

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起業直後は、似たような立場の零細企業の社長連中と「いっしょに何かやろう」という「連携」を持ちかけ、ハナシ自体はそれなりに盛り上がったりするが、何しろそこはカネも時間もないモノ同士(たいていどっちが営業するかで揉める)なので、大抵の場合、この提携話は雲散霧消することになる。似たもの同士はお互いの傷を舐めあうための夜の飲み会で気晴らしをする程度の付き合いがいちばん良い(これは掛け値なしに楽しい)。しかし、そんなことをしているヒマがあったら、大企業向けに企画を練って提案するほうが売上げに直結する。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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