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「正しい見積書」の作り方

「毎月定額の支払いだが、作業のボリュームや内容は時期によって異なる」ということで両社が合意可能かどうかが見積書の書き直しをしなくて済むかどうかの分かれ目になる。1年間に発注者が支払った費用(=同じ期間に受注者が計上した売上げ)とその成果物に対して、両社が納得できているかどうかが重要だ。しかし、この手法の最大の弱点は「信頼関係が構築されている相手でないと成立しない」契約である、ということだ。

美しく正確な見積書をどれだけ量産しても、それは売上の増加とは無関係だ。「おお。この見積書は素晴らしい。発注します」というクライアントがいるのなら話は別だが(いても怖いけど)。見積書の形式などどうでもいいのである。どうしても気になる場合は「見積書の作り方」で検索すれば、それなりの良質な結果が表示されるので、42/54でわざわざ書く必要はない。つまり「正しい見積書の作り方」という見出しがすでにトラップであることに留意していただいた上で、以下をお読みいただきたい。

筆者が起業時からどうやったら実現できるだろうかと考えていることのひとつが「見積書、請求書、納品書、発注書のたぐいを発行せずとも入金される仕組みを作ること」である(作るべき書類は企画書だけにしたい)。「 freee(フリー)といういいサービスがありまっせ」ということではない(そんなことは知っておる)。

書類を必要とするプロセス自体をスキップさせたい。つまりこういう書類をどうやったら撲滅できるかということに関心がある。実務の中でもっともその意味や意義を感じにくい作業だからだ。契約書(これは重要)などと異なり、1社が単独で簡単に捏造できる書類の扱いは法的にもほとんど意味がない。昨日の夜きちんと歯磨きしてから寝たかどうかのほうが、見積書に社判が捺印されているかどうかより重要である。

請求書は発行せずとも済む場合がある。例えば、請負契約書を作成し、その契約条項の中に支払いの期日や金額に関する記載があれば、請求書を発行せずとも、発注者は支払う義務が生じる。こちらとしても少なくとも1年間は請求書を発行せずに済む。

納品書も極めて形式的(一般に請求書とほぼ同一の書式)だし、不要だろう。現物が実在していることが証明できればいいだけの話である。そもそもウエブサイトであるにもかかわらずCD-Rで納品しろとかいう阿呆(公的機関に多い)がいまだに存在するが、まあこれも、その馬鹿馬鹿しさは当事者もわかっているはずなので徐々に消え去って行く慣習になるだろう。

発注書に至っては、そもそもこちらが作るべきものではないはずなのだが、受注者にこれを作らせようとする発注者がけっこう実在する(高度成長期の悪癖=発注書・見積書・請求書・納品書をカーボンコピーで発行できるような形式の書類もしくはその慣習がいまだに残っていると推測される)。これは誰がどう考えても単なる文書偽造である。

というわけで残る難関、もっとも撲滅したい書類が「見積書」なのだ。「見積書は不要です」というクライアントが存在しない事情がよく分かるだけにその攻略は難しい。筆者も、毎日泣きながら見積書を作成しているのが実情である。

ある請負契約を締結したとしよう。しかし、発注内容というのは日々変化するのが当たり前でもある。仕事は一般に「例外事例の割り込み(予定していなかった業務が差し込まれてしまうこと)」に本質があるので、当該契約案件もご多分に漏れず、当初の発注からいろいろと変化する宿命にある。

で、発注者としては、この割り込み作業の発生(=金額の変動)を、最初の見積書を書き換える形で反映させてほしいと考える。それ自体は決して理不尽な要求ではない、というか当然のリクエストである。しかし経営者にとっては時間が生命線だ。割り込み作業自体を品質のよいものにするためにも「その割り込みの見積金額を考え、見積書を書き換える時間」は無駄なのだ。大げさに言えば「売上高利益率を低下させる、株主(=自分)に対する背任行為」ではなかろうかとさえ思うことがある。

方法としてはひとつしかなくて、「作業の変動量(volatility)をあらかじめ考慮した金額で契約する」ということに尽きる。「毎月定額の支払いだが、けっこうやってるボリュームや内容は時期によって異なる」ということで両社が合意する、ということである。ある時はとても儲かるだろうし、ある時はヘタをするとマイナスになることもある。しかし長期的(基本的に1年)にはバランスするはずである(この場合の「バランス」というのは発注者と受注者双方にとって納得のいく費用と売上になっていることを指す)。

ただしかし、この手法の最大の弱点は「信頼関係が構築できている相手でないと成立しない」契約である、ということだ。すなわち新規クライアントとこういう契約が締結できるということは「ない」。

というわけで、この場合は「当該クライアントと親しい第三者(社)」を活用させていただく、という方法をとる。その第三者(当該クライアントおよび自分の会社と取引実績や信頼関係のある会社)を代理店として利用させていただく、ということだ。当該の会社にコミッションを支払う義務が生じるが、「そのコミッションを支払うことで売上げが落ちても」作業に専念できる環境ができるほうが品質は格段に向上し、結果的に「あなたの会社と第三者の両社にとっての契約の延長」という最終的なゴールに持ち込むことができるだろう。

つまり、自分自身が起業するときには、パートナーとなって動いてくれる「機動力のある中堅企業」を探しておけ、ということになる。「代理店」なるものは案外意義のある仕事をしているのである。

で「その中堅企業(=代理店)ってどんな会社なの?」という質問に対する答えが(自分で書いた文章だけど)「機動力(Mobility)、素早い意思決定(Decision-making)、予期せぬ個性の出現を活かす環境(Personality)、適切な方向転換(Pivot)、狭い範囲ではあるけれど共感できるカリスマ性(Charismatic)」を持っている会社だ(詳細は「小さな組織の未来学」を参照)。

筆者の業界で言うと30~50人くらいの規模の、卓越したセンスを持っている社長が経営しているところがいい。あなたの周りにもまじめに探せばそういう企業のひとつやふたつはあるはずだ。

そもそもが42/54的起業では「確実に固定費が発生するが、売上げとの関係がないスタッフ(e.g. 総務や経理の「専任」担当など)を設定してはいけない(営業マインドに溢れた経理担当者であればこの限りではない)」ということを前提にしている。というわけで、自分自身の周りにある貴重な「社会関係資本」をどう活用させていただけそうか、をまずは考えるクセをつけてほしいわけである。

つまり、表題の「正しい見積書の作り方」は「見積書を作らなくて済む関係に持ち込め」および「代理店を探せ」という話なのである(ま、しかし上級者編だな、これ)。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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