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次長 or 担当部長は「ゲームオーバー宣言」の肩書きである

いわゆる「次長職」「担当部長」は、ポスト不足を補うためだけに便宜的に、そして無節操に付与されるミッション不明の肩書きだ。ラインから外れたことが鮮明になった肩書きが与えられたあなたが進むべき道は?

商法上(正確には会社法、商業登記法および法人税法上)で意味がある肩書きは、取締役・監査役・会計参与の3種類に限られる。それ以外のすべての肩書きは「社長」なども含め商慣習上の便宜的な呼称(=ニックネーム)だ。

それに加えて、当然のことながらではあるが、数百人の部下を従える大企業の「部長」と、数人の部下しかいない中小企業の「部長」を比較することに意味はない。同じ肩書きであっても「部下の数が多いほうがエラいと感じてしまう程度に人間というのは浅はかである」ということを自覚するに留めておけばよい。

多くの肩書きは、所詮同じ会社の中でしか通用しないローカル・ルールに過ぎないのだが、その肩書きにこだわり血道を上げる様子は、当事者にとってはそれが人生を左右する一大事であることが容易に想像できるだけに、部外者には滑稽に映る。

我々のような零細企業の経営者にとっては、取引先担当者が執行できる予算を持っている人か否かが重要であって、肩書きそのものにはあまり関心がない。肩書きと予算の執行権、およびその金額の多寡が連動していることが多いのは事実だが、むしろその肩書きが彼の働き方にどう影響を与えているのかに興味がある。

例えば、「執行役員に昇進」ともなれば「役員」という言葉に引きずられ「私も経営に参加するメンバーのひとりになったのだ」と勘違いして意気軒昂、ということが容易に想像できるので、その彼あるいは彼女の晴れがましい気概をどう利用したらカネになるかを多少考えることはある、という程度のことなのである。

さて、会社法上は意味がないといくら力説されても、大企業においては「部長」に昇進できるかどうかがサラリーマンにとっての最大の関心事になる(通常、本部長あるいは役員、社長などは最初から諦めているはずである)。課長まではまだ良い。管理すべき部下も少ないし、あなたはまだ若い。しかしその上の管理職、すなわち「部長」への昇進は、ポストが少ない分だけ競争が桁違いに激化する。

しかも、モタモタしていると昔の部下が背後まで迫ってくる。でも、あなたは部長には昇進できなかった。そして課長職を追い出されつつ部長ではない肩書きが与えられる。これが「次長」あるいは「担当部長」なのだ。会社法上の無意味さに加え、呼称としても「趣旨不明の最悪の肩書き」がここに誕生する。

次長職、担当部長職は、役職不足を補うために便利に使えるに過ぎない曖昧なミッションを前提とする肩書きだ。一見、部長の真下、あるいは特定業務ジャンルのスペシャリストであって、課長の上のラインに乗っているように見える。しかし内実は、部長の斜め下に「外れた」スタッフと見るのが正解である。次長や担当部長は、部長昇進競争に敗れた多数の「課長だった人たち」にインフレ気味に付与される肩書なのだ。

従って、右を見ても左を見ても次長や担当部長だらけになる。仲間がたくさんいる分だけ安心してしまう、ということもあるだろう。「(あんなに仕事ができた)あいつでさえ次長なのだ」「さすがにあの分野に強いあいつは担当部長なんだ」というように。そして、その時点であなたにとっての出世競争は終了、ゲームオーバーが宣告されたことになる。

では、その後どうすべきなのか?

よほどのことがない限り、次長や担当部長が部長に昇進することはないと考えておこう。次長あるいは担当部長という「窓際」は、そこに何年でも滞在できる居心地の良さが逆にやっかいでもある。いわゆる「飼い殺し」の状態と言えるだろう。次長は最悪の場合、役職定年になるまで続くか、さもなくば子会社への転籍が次なる新天地である。

しかも、次長や担当部長になりたてのあなたは、サラリーマンライフの中でも一番働き盛り(経験知と体力の総和が最大化する頃)だったりする。ここから絶望的な飼い殺しが何年も続く、というのはどう考えてもあなたの人生にプラスになるとは思えない。

「さほど責任もなく、しかし課長よりはエラく、管理職っぽいが管理業務がない」という状態を延々と利用し続けるのも選択肢のひとつであることは否定しないが、あまりにもったいない、と他人事ながら心配になる。会社にとっては矮小なスキルでも、個人にとっては十分に飯の種になるものなのだ。

もしも、あなたが次長や担当部長になったばかりならば、今こそが起業のチャンスである。起業の準備をするためには「さほど責任もなく、しかし課長よりはエラく、管理職っぽいが管理業務がない」状態こそがベストだからである。

しかし、これを読んでいるあなたがすでに何年も次長や担当部長に甘んじている人であるならば、定年退職後に作ることができるであろう自分の会社のカタチを想定しつつ、じっくり構えるほうが無難であるかもしれない。ただし、「次長、あるは担当部長になったばかりの人」が作れる会社とは、微妙にニュアンスが違ったものになってしまうであろうことは否めないのが現実である。

 

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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