88

東京から仕事を獲得せよ

これから起業する人は、自分の会社の本社所在地がどこであれ、東京から仕事を取ってくるしかない。東京との関係資本(人間関係)をつくらずに起業することは、文字通りの“ベンチャー(冒険)”になってしまう。日本という国の地盤沈下度を考えると、本来、東京すらあてにせず外貨を稼ぐことが理想的ではあるのだが、それでなくても様々な障壁があるところに言語の障壁と文化の障壁を積み重ねるのは、起業直後の零細企業には無理である。従って、“腐っても鯛”の東京からきちんと稼げるようになることをまずは検討しよう。

筆者の仲間に地方(東京も単にデカいだけの地方の一つに過ぎないが)の現状に詳しい経営者が何人かいるが、彼らの話を総合すると、中小・零細企業の経営者及びこれから地方で起業しようとしている人にとって重要なテーマは、「いかに東京から仕事を取ってくるか」に尽きるようだ。社員として地方で働きたいと思っている人にとっては、その能力に長けている経営者の下にぶら下がることが必須になる。

地方創生IT利活用促進プラン」(霞が関はこの“利活用”という言葉がなぜか大好きである)などを通じて「ITを活用して地方の活性化」などという綺麗事が語られているが、実情はかなり寒い。ITを活用するということが目的として語られているところに問題がある。これは話が逆である。そもそも地方にはカネなど落ちていないので、東京とつながるためにITを使わざるを得ない、というか“そういう仕事”でないとつながりにくい、というだけのことだ(“ITを使う”という言葉遣いに非常に違和感が残るが)。

地方に閉じた経済は、結局のところ交付金・助成金頼みが基本姿勢になる。交付金依存症の最大の弱点は、事業継続性を強くしていく体力を企業の中に育てない、というところにある。民間企業なのに天下り団体・社団法人のような体質になり、交付金や助成金の切れ目が事業の切れ目、になってしまう。

市場に流れているカネをどう奪うか、という姿勢に舵を切らないと、会社の経営もその場しのぎ、お上頼みのものになる。本当のカネは市場にしかない。そしてそれは、もう東京にしか残されていない(日本という国自体が債務超過ではないか、という議論はとりあえず脇に置いておく)。

自社のホームページに取引先として有名企業を誇らしげにズラッと並べるというのは、どの中小企業でもやっている貧乏くさいPRの常套手段だが、これは自社にはない社会的信用を他社の名前を借りて表現しようとする行為であるという以上に、“本当にそういうところ(=東京本社の大企業)しか取引先がない”ということでもあり、彼らが生き延びることに成功している理由でもある。

ご存知のように、少し細分化すれば日本には経済ブロックがいくつか存在し、そのブロックのハブになっている都市がある。札幌、仙台、(横浜を含む)東京、名古屋、京都、大阪、博多の7か所だ。何のことはない旧帝国大学の所在地である。北海道内で会社を経営している人にとっての首都圏は札幌、つまり札幌からいかに仕事が取れるかが喫緊の課題になるはずだ。そこにかぶさる形で全国区の経済圏としての東京がうっすら君臨していることになる。

首都圏に本社を構える大企業はこの7か所を超える地域に営業所や支店・支社を開設していることも多いが、例えば秋田営業所の所長が普段どこにいるかといえば仙台市内だったりするのが実情らしい。秋田の営業所にいても“やることがない”のだ。秋田市のような全国的知名度の高い県庁所在地でさえ実情はかなり厳しいのだろう。

国際教養大学」のように非常に評価の高い大学が、秋田市街にではなく秋田空港まで歩いていけるようなところに立地しているのが象徴的かもしれない。この大学は羽田に視線を向けているのである。経済圏としての都道府県という行政区分はずいぶん前に崩壊し、事実上の道州制がすでに始まっている。

余談だがこれは大学を取り巻く状況にも伝播している。競争力のない地方の私立大学が公立化を申請し、それがどんどん採択されているのだ。基本的な許認可の裁量権は文部科学省にあるはずだから、事実上全国区(東京)のお金を奪う動きになってきているという意味においては企業と同様である。

これから起業する人は、自分の会社の本社所在地がどこであれ、東京から仕事を取ってくるしかない。東京から仕事を取りやすい人の最右翼が、東京本社の大企業に比較的長期間勤務していた人だろう。企業としての知名度・信頼感、そして何より(これが一番大切なのだが)幅広い人脈を作りやすい環境、という財産が起業したときの原動力になる。

職種としては、営業に近い仕事をしていた人が一番安全だ。潰しが利く。残念ながらそういう立場ではない人が起業しようとする場合は、無理やりにでも紹介などを通じて、そのような関係資本が構築できてからにしたほうがいい。

東京と関係をつくらずに起業することは、文字通りの“ベンチャー(冒険)”になってしまう。(前述の道州制もそうだが)理想的には東京すらあてにせず外貨を稼ぐことが理想的ではある。従って、大企業に在籍していた頃から海外とのつながりのある仕事をしていた人は極めて恵まれている。しかし、そのような関係資本を持っていない人にとっては、起業後しばらく経験を積んでから、すなわち東京からきちんと稼げるようになってからの応用編・上級者編にならざるを得ない。

起業にあたって必要なのは、クソ真面目に事業計画書を作ることではない。そんなことをやってる暇があったら、毎晩(顧客候補も含め)様々な“あなたが好きな人”と酒を飲むほうがよほど財産になる。ただし、関係資本を深くしたい、何らかの陳情をする、人生相談に乗ってもらう、といった目的が見え透いた貧乏くさい飲み会としてではなく、単純に語らう(そして笑う)ものがいい。気持ちをポジティブにするだけ、と割り切った方が結果的に財産になるように思う。また「いつも同じメンバー」みたいな宴会は、同じ宴会でも目的が違ったものになるので避けるべきだろう(傷を舐め合う湿ったものになるはずだ)。

もちろんランチタイムも有効に使いたい。夜の宴会ほど深い関係にはならないかもしれないが、何しろお尻を切りやすい(14時くらいに切り上げても失礼ではない)というメリットがある。この昼と夜を最大に活かし、1年間準備期間があるとすると、計算上は20日×2回×12か月=480人の人間関係を積み重ねることが可能だ。「これだけあればなんとかなるだろう」と思ってもらえると思う。

実際には、480回も宴会とランチミーティングやってたら体を壊すと思うが(裏を返すと、大企業の管理職が経費で飲食できるのを羨むなんてのはバカな話で、実際やってみると体が壊れる方が先なのである)、同じ食材(食事)が喉を通っていることをお互いに確信できるというコミュニケーション手段は共感を増幅する行為としては最強だ(「同じ釜の飯を食う」は実は科学的な裏付けがある話なのだが、それはまた別の機会に)。

さらに、東京の仕事をするには当たり前の話だが「あなたは頻繁に東京へ行けるところにいるか」が重要になる。勘定科目における旅費交通費は、飛行機を使おうと新幹線だろうと、固定の家賃に比べたらはるかに安上がりかつ意味(意義)を感じやすい流動費である。

交通費がそれなりの価値を持つ出張には(少々大げさだが)手ぶらで帰るわけにはいかない、といったようなある種の覚悟のようなものを持参するはずなので、営業的にも良い成果をもたらすはずだ(その意味においてサラリーマンの出張はあまり信用できない)。

幸か不幸か、日本には上京しやすい交通網が整備されてしまった。私たちが今できることはそのデメリットを黙認し、メリットを享受することだけだ(このあたりの話は2017年1月に創刊する『自動運転の論点』という新しいメディアで展開していく予定である)。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
Amazonで購入するKindle版を購入する