有名企業に在籍していると、自分の実力で挙げた成果であってもその成果の中に占める「会社自身のブランド力」の比率は相当高いはずと自覚する。結果として「自分の素の実力」を必要以上に過小評価してしまう。これがいわゆる「ゆでガエル」状態促進の源泉になっている。外部から観察していても「この人は起業したほうが(もっと)儲かるだろうになあ」という人でさえ「会社が信用されているのであって、自分自身がやったことはたいしたことではない」という、自虐的な謙遜を耳にする機会も非常に多い。
これをなるべく冷静に評価するために筆者がとった方法は「とりあえず聞いてみる」だった。「私が仮に今の会社を辞めて新しい(零細)企業を作ったときに、私に付き合うつもりはあるか」という質問を、今考えれば実に単刀直入に、良好な関係を築いていると思われるクライアント候補に聞いて回った。もちろんその答えには相当の「社交辞令」と「ご祝儀」が入っているであろうと想定する謙虚さを持ち合わせる必要はあるが、それらの評価を積算してある程度の売上げが推定できるなら、起業はさほど危険なものではないと考えた。
では起業すると「以前在籍していた会社での実績はリセットされるのか」というと、答えは簡単で「むしろ、逆」だと実感する。顧客はあなたのレジュメ(経歴)を必要以上に重視している。「以前はどういう会社にいて、何を、何年くらいやっていたのか」という実績を自分の想像以上に観察・評価する傾向がある。
つまり、これから起業する会社は、良くも悪くも以前勤務していたところの企業名や実績とパッケージで評価される。「あなた自身が使いたくないと考えていた過去の歴史」に顧客は必要以上にこだわる。切り離して検討してはくれない。であれば積極的に活用する、という前提での起業が合理的だ。
サラリーマンは「ゼロからの起業」をやりたくてもできない、というよりむしろ在籍中の企業のブランド力をタダで借りることができるというアドバンテージを以ての起業になるということだ。なんの実績もない若者がいきなり起業するのとはまったく異なる財産があらかじめ付与された形で起業できる、というメリットを活かさない手はない。
顧客はあなたの経験知に対してカネを払うのであって、「ビジネスモデルの斬新さ」とか「差別化要因を作れ」(これはこれで議論する必要はあるのだが)などという綺麗ごとは、少なくとも起業後の数年間では作れるわけがない。起業直後の売上げの源泉は経験知にしか存在しない。
「いやあ、(新しい会社がうまくいっているように見えるけど)あいつは自分がいた会社の名前でメシ食ってるんだよ」と揶揄する元同僚が必ずいるはずだが、売上げが経験知に対する対価である以上、それはある種「あたりまえ」なのである。経験知を売上げの「座布団」にしつつ、新しい価値が創出できる場合と、できない場合があるというだけの話だ。そして「できない場合」の企業の持続方法こそが重要な議論の対象になる。
また、そもそも「売上げの座布団(複数のクライアントから、月額固定、かつ年間契約で受注できる仕事)」が想定できない場合は起業してはいけない。「新しいビジネスモデルで伸るか反るかなのだ」という場合は、第三者増資が前提になるはずで、それは私たちが勧める起業とはまた別の行為である。
- 書名
- 会社をつくれば自由になれる
- 出版社
- インプレス/ミシマ社
- 著者名
- 竹田茂
- 単行本
- 232ページ
- 価格
- 1,600円(+税)
- ISBN
- 4295003026
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