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誘われないあなたは独立してはいけない

「起業宣言」したときに誰からも声がかからないようなら、起業宣言は撤回したほうがいい。

「働く意味」や「自分らしい働き方」で悩んでる暇があるのならさっさと働け、と言いたい。自分探しのために一人旅に出たら余計自分のことがわからなくなった、という馬鹿馬鹿しい話と良く似ているからだ。

現在の「働き方指南ブーム」の嚆矢に当たるのは、2002年前後に発行されたDaniel Pinkの『フリーエージェント社会の到来~「雇われない生き方」は何を変えるか』(ダイヤモンド社)あたりだろう(リンク先は新装版)。少し前に話題になったLynda Grattonの『ワーク・シフト』(プレジデント社)の邦訳が2012年の発行なので、そこから遡ること10年、すでに今のブームの源流があったように記憶している。

いずれの書籍もそれなりに面白く、筆者自身かなり触発されたところがある。ただし、かなり抽象度が高い議論しか展開されていないこともあり、まだ起業していない人に対して様々な細かいノウハウを提供する、というような機能は持ち合わせていない(そもそもそれが狙いの書籍ではない)。

そこで42/54は、自らが所属(?)する業界における特殊解(経験知)をなるべく一般解として再構築し、どの業界でも利用可能な粒度の小さいノウハウになるよう注意しながら執筆しているつもりである。

42/54的ゴールは二つあると考えていて、ひとつは「自分自身にもう一度退職金を支払う」こと(最初の退職金は以前そこそこ長い期間在籍した会社で支払われている)、そしてその先にある最後のゴールは、自分の死後、1億円程度の流動資産(現金や有価証券など)を家族のために残すことではないかと考えている。

しかし、筆者自身の会社経営もまだまだ試行錯誤の途中であり、「上場という、ビジネスプロセスの途中で発生する、誰にでもわかりやすいゴール」自体を否定している(上場がゴールというのがそもそも間違いだ)こともあり、「果たして自分のやってることが本当に正解(一般解)なのか」と言われれば、「死ぬまで解らないし(時代が変わるはずなので)死んでも解らない」というのが正直なところだ。

経営は仮説と検証を実験のように繰り返すわけにはいかないので、科学的記述と相性が悪いのは避けられない。例えば「Aをやるとうまくいく」というノウハウがあったとしても、「ではあなたがやったことのないBはどうなの?」と聞かれると「それは(やったことがないので)判らない」としか言えない。ただし、「Cを経験したことのない人はたいてい失敗する」という理屈は、比較的汎用性が高いような気がする。以下、そのひとつのサンプル(仮説)を提示する。

あなたが起業を検討するときには、まず「顧客になる可能性が高い人」に打診する必要があるが、それに先立つ形で会っておいたほうがいい集団がいる。それは「すでに小さな会社を経営している友人や知り合い」である。

彼ら彼女らは、どんな苦労があるか、何で失敗したかなど、いろんなことを教えてくれると思うが、会う目的はそこにはない。自分の起業後の失敗確率を客観的に判断できる材料が、ここでひとつ出現するのだ。それは、その友人から「独立するの? じゃあ、私の会社手伝ってよ」と言われるか/言われないか、である。

どの友人からも一切のお誘い(取締役になってくれ、が多いはず)がない場合は、あなたは起業しても失敗する可能性が高い。お客を持ってくるポテンシャルを含めた「才能」がない、もしくはその友人であるところの社長の事業とは無関係と思われているかのいずれかである。

言うまでもなく、このリトマス試験紙は退職後・起業後に試したのでは手遅れだ。いま所属する企業にいたまま、友人に対して「起業しようかなと思ってんだよね」という軽い相談をしてみて反応を見るほうがいいだろう。「おう、頑張れよ、応援するよ」としか言われない場合は、起業計画自体を白紙に戻したほうが安全だ。逆に「えっ? だったらウチの会社手伝ってよ」と言われたら、あなたには起業の資格がある。ただし、誘われるままに友だちの会社を手伝う必要はない。「手伝って」と言われたら起業の資格有り、ということなので起業すればいいのである。

あなたの周りには、「こんな会社いつでも辞めてやる」と常日頃吹聴している馬鹿が数人いるはずだが、そう公言している輩が起業することはほとんどない。あれは何をやっているのかというと「自分はこの会社をいつでも辞めるつもりだが、そんな私を引き取ってくれる人はいませんか」という一種の調査活動なのだ。で、残念ながら引き取り手がいつまでたっても現れない程度の実力しかないので、延々と「辞めてやる」と言い続けているのだ、と考えると合点が行く。

当然のことながら、彼にとっては会社を辞めないのが正解である。転職も難しいだろう。FA宣言したのに誰も引き取り手がいないので、そのまま廃業してしまうプロ野球選手に比べれば、やはりサラリーマン社会は生温く、居心地のいい場所であることは間違いない。

さて、果たしてあなたはどちらのタイプだろうか?

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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