74

フリーエージェント的体質との付き合い方

どのような雇用形態であろうと、成果と無関係に一定額の報酬を支払い続けると、仕事の品質は劣化していく。そうなってもある程度持ちこたえるのが大企業のいいところ(?)なのだが、零細企業は存亡の危機に陥る。経営者が行うべきは「ベクトルを合わせる」という一点に尽きる。だが、技能は高いがベクトルが合わないことが多いスタッフの代表格が「フリーエージェント」なのだ。

第三者増資を前提にしたスタートアップ・ベンチャーのオフィスが“若者に人気の場所”にあるのは、事務所を魅力的なスポットに設定することで単位人数あたりの採用コストを抑え、かつ低賃金で働いていただくことを想定しているからだ(賃料には相場というシーリングがあるが、人件費は気を緩めると青天井になる)。

「日本は労働者の解雇が困難」というプロパガンダが蔓延しているが、これが実は真っ赤なウソで、OECDの「一般労働者雇用保護指標」が示す通り、零細企業を中心に頻繁に解雇が繰り返されている実態が明らかになっている。そもそも、成功もしていないのに一定額の給与を支払い続けたらその所属母体自体が消えてしまうので、「一定額の給与」も同時に消滅する。いわば共倒れである。不幸にして、この手の特殊な状況におかれてしまった人だけが国家による救済を求める資格がある。

多くの経済活動では、業務・サービス・製品の納品や販売に対する“成果”として報酬が支払われる。成功報酬という言葉には“危険な報酬体系”というイメージがあるが、すべての仕事は本来、成功(=原資の再生産)なくして報酬など存在しない。どの程度の給与にしておくと安定的に支給できるかが経験則として共有されているだけであって、賃金を保障しろというのであれば、経営者がそれと引き換えに差し出せるものは“低賃金”だけのはずだ。

どのような雇用形態であろうと、成果と無関係に一定額の報酬を支払い続けると、仕事の品質は劣化していく。そうなってもある程度持ちこたえるのが大企業のいいところ(?)なのだが、零細企業は存亡の危機に陥る。このとき、品質が劣化したスタッフへのなんらかのモチベーション喚起、インセンティブ提供、叱咤激励、教育活動などはコストが合わないので無駄である。即刻解雇したほうがいい。

経営者が行うべきは、「ベクトルを合わせる」という一点に集中した管理だけだろう。当該の事業を通じて実現したい価値(あるいは価値観)について意識の方向性が揃っているスタッフ“だけ”を残す、ということだ。そしてその「運動体の一員」であることが好き、という人だけにしたほうがいい。ベクトルの方向性は業務の品質に優先する。

多くのスタートアップベンチャーが傍から見ていて羨ましいのは、「ベクトルが合っている仲間だけで会社を作る楽しさ」を具現化しているところだろうか。ある程度の人数になってもまとまって行動しているベンチャーの場合、そのベクトルが向かう先に設定されているゴールが非常にシンプルであることが多い。

「世界一のレシピサイトを作ろう!」「高級ホテルしか予約できないラグジュアリーなサービスを作ろう!」というように、その辺を買い物カゴをぶら下げて歩いているオバさんでさえ「それ、いいんじゃないのぉ?」と賛同してくれるようなわかりやすさがゴールとして設定されているサービスは、(明確な差別化要因があれば、という前提ではあるが)概ね優れていると思って間違いない。

技能は高いがベクトルが合わないことが多いスタッフの代表格が「フリーエージェント」だ。自らの技能だけで何年も食べてこれたフリーエージェントほど、その請負体質(=仕事はなんとなくやってくるという経験則)は強固なものになる。自ら営業することはなく(というよりもアウトプット自体に営業させる人のことをフリーエージェントといってもいいだろう)、話が舞い込んでくれば最高の技能で対応してくれる、という意味では医者とよく似ている。

フリーエージェントはその場で起きている問題を解決する能力は高いが、発注者のベクトルどころか自らのベクトル設定自体にも関心がないことが多い。麻布十番近辺にある何軒かの町医者全員が自分自身の健康に関心がない、ということに少々驚愕したことがある。特に医者が独身中年の場合、健康状態は最悪だと思って間違いない。そうでなければあんなに頻繁にコンビニで挨拶を交わすことはないだろう(俺もダメってことか)。

1979年6月刊とやや古いが、放射線医学の雑誌に載った「リスク・カタログ」という論文による「寿命を縮めているもののカタログ」を「社会実情データ図録」が紹介している。これによれば、独身男性は独身女性に比べ圧倒的にダメで、ついでに左利きであることは独身男性と同程度にダメらしい。「生まれつき左利きで炭鉱夫を経験した後に大統領となり、なるべくたくさん食べて未婚のままタバコを吸い続けている人」は間違いなく即死である。

ともあれ、ベクトルとゴールを設定することに興味のない、しかし優れたフリーエージェントをなんとかしてあげようとするのは多くの場合、単なる“余計なお世話”に終わる。発注者が実施しようとしているチャレンジに共感してもらえるかどうかの一点だけが重要だ。一般的には“共感の確率”は極めて低いが、その気にさせることに成功すれば、そのあとは実に面白い展開が予想できる。共感してもらえない場合は説得してはいけない。あなたの時間が無駄になる。別の人を探そう。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
Amazonで購入するKindle版を購入する