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定年起業のエッセンス

起業するときの視野(事業のパースペクティブ:perspective)が年齢とともに狭くなるのは事実だ。20代の起業は「世の中、何でもありだぜ」という万能感に溢れている(ほとんどが勘違いなのだが)。30代の起業は比較的冷静な判断をしていることが多い。40代の起業になってくるとある種の悲壮感が漂いはじめ(筆者の場合がこれ)、50代や60代での起業など「無理」と考えてしまうのも止むを得ないかもしれない。ただし、この「視野が狭くなる問題」を能力の話だと勘違いしてはいけない。視野が狭くなる(できることが限られる)のは事実だが、会社の経営それ自体は才能とはあまり関係ない。世の中を見渡してみると、経営者にはむしろ無能で軽薄な馬鹿が多いことには、あなた自身も気づいているはずである。

2013年に高年齢者雇用安定法が改定され、2025年までに全ての企業は希望する従業員を65歳まで雇用することが義務付けられることになったが、これは厚生年金の支給開始年齢の引上げにより、雇用(給料)もなければ年金も支給されないことによる収入の空白期間が生じることを防ごうとする苦肉の策に過ぎないのは周知のとおりである。

企業の戦力としての高齢者の労働価値に対するリスペクト(敬意)に基づいているわけでも、年齢による就労差別という根本的な人権問題をなくそうと考えての措置というわけでもない。それでも雇用という制度にいつまでもしがみついていたい人には(短期間とはいえ)好都合かもしれないが、その姿がその年齢の人にふさわしい働き方だとは筆者にはどうしても思えない。

健康寿命を延ばすためにはどうやら働き続けるのが最も良いらしい、ということは定説になりつつあるが「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいう(日本WHO協会訳)」のである。つまり精神的にそして社会的にも満たされてこその健康である。

自分の60歳からの貴重な5年間を、確かに雇用は確保されているが、昔の部下にアゴで使われ、責任ある仕事をさせてもらえない状態に置くことが、果たして「健康的に働いている」と言えるだろうか。激減した給与の奴隷に成り下がっている自分が恥ずかしくないのか、ベテランとしての矜持はないのか、と問いたい。

そもそも「高齢者」と「雇用という制度」は相性が悪いはずである。被雇用者は雇主よりも立場はどうしても弱くなる。一方、高年齢とは(過去の時間の過ごし方についてのクオリティの議論があるにせよ)一定の経験を保持する人生の先輩であることに間違いはない。その意味においては強い立場にいてもおかしくないはずである。尊敬されるべき立場にいてほしい、という願いもある。結局、「高齢者の雇用」という言葉はある種の自己矛盾を孕んだフレーズになってしまうのだ。

働き方の内容によって“働き続けることの意味”は大きく異なる。生涯にわたっての「雇用制度に守られた働き方」と「自分の会社を経営するという形式での働き方」は同じ労働でも全く意味が違う。主体が雇用という“制度”にあるのか、もしくは“自分自身”にあるのかなど、言うまでもないことであろう。嫌でも会社を作るしかないのである。会社を作るということを考えただけでルビコン川を渡るかのような決断を迫られるように感じる人がいるようだが、この川は渡らないと生きていけないことが明白な時代になった、としか言いようがない。

もうひとつ重要なことは、「これからあなたが作る会社は、あなたが在籍していた会社で体験してきた右肩あがりの成長、バルブ時代のボロ儲けなどとは無縁の、実に地味な、しかし穏やかな体験しかないということが確約されている」ということだ。マクロ経済の状況、人口の減少、環境問題等々を総合的に見れば、総体としてはそうならざるを得ないはずである。「ライフネット生命保険の出口治明元会長のようなケース」  は稀有な例であって、私たちのような凡人には無縁の話であると心得ておこう。

起業を阻む心理的障壁は大きくは2つ存在する。ひとつは、なんだか(会社を作るということ自体が)面倒そう、ということ、そうしてもうひとつは、そこで一体自分は何をしているのかが想像できない、ということのようだ。

前者に関して言えば、これはもう拍子抜けするくらい簡単である。社名を決めて(本店登記する場所に同業種で同じ社名がないことだけは事前にチェックする必要がある)、印鑑と定款を作り、法務局に設立登記申請(登記簿謄本の取得)を行い、法人用の銀行口座を作り、そこに資本金を払いこめば終わりである。数日で終了するだろう。たいていの未経験な儀式はそこに向かうのが億劫なものだが終わってみるとなんだか呆気ない、ということと同様に、起業もその程度の儀式の一つに過ぎないことを体感することになるだろう。

後者に関しては(これは繰り返しあちこちで書いているが)、営業や事務職だった人の場合、基本的にはプランニングとコンサルティングがあなたの仕事になる。プランニングとコンサルティングは財務諸表上の原価に相当するものが存在しない(あなたの頭や体に蓄積されているはずのノウハウが原価に該当)ので利益率が高い。

定年退職した人で、起業するわけではない人が行う業務は大抵の場合“顧問”である。顧問とは、ある種のコンサルティングだと言えよう。今までの会社での在職時から付き合いのあった会社など数社から顧問契約を求められるケースがあるはずだ。多くの場合、自身が在籍していた会社からのディール(取引)を、あなたを顧問として迎え入れた会社につなげる役割が期待されているはずである。

ただし、この顧問契約は多くの場合ご祝儀に過ぎない。正式な契約書が存在する場合でも契約期間は1年になっているはずで、契約の延長について言及していないケースも多い。発注者からすれば、当該の顧問が持っている人間関係を1年の間に吸い取ってしまえるのであれば、安い顧問料で大きな売上につなげられる可能性がある。1年以上経過すると、もはや搾り取れるものもなくなるので「お疲れ様でした、大変お世話になりました」と慇懃無礼に最後通牒を突きつけられるのが関の山だ。

しかし、この顧問契約を締結するのがあなた個人ではなくて法人だとどうなるか。おそらくあなたは人脈を安値で紹介するだけではなく、もっとお互いにメリットのある継続的な取引を画策するはずである。人間関係をカネに変えつつ、その中に自分の会社が食い込むことで、何らかのコミッションが長期間発生する取引を締結できる可能性が高くなるとも言える。つまり法人対法人の取引になるはずで、そこへ顧客を引きずり込む、というしたたかさがあなたの中に発生するだろう。

所属する企業の知名度や規模などによらない一般的な意味での営業力は、単位期間(例えば1カ月など)の移動距離と作成した見積書の枚数でおおよそのことがわかる。劣悪で競争力のないサービスや製品だったとしても、優秀な営業マンは「じゃ、とりあえず見積もり作ってくれる?」というクライアントからの一言を獲得できる。残念ながらサービス自体が劣悪だと請求書の発行までには至らないことになるが、それでも当該の営業マンが優秀であることに変わりはない(彼は一刻も早く転職すべきだろう)。しかし定年起業家にはそんな働き方はできない。おそらく今までの経験知をベースにしたコンサルティングまたはプランニングが現実的であり、また健康的でもある。

毎週1回クライアントと定例のミーティングを行い、そこで実行されているプランの見直しや修正を打ち合わせする。時間にして1時間程度が健全だ(2時間近い会議が行われるような打ち合わせはその事業自体がうまくいってないと考えていい)。そのようなクライアントが5社存在するのであれば、平日の午前中はクライアントとのミーティング、午後はそれを持ち帰っての事務作業、または営業活動という名の調査、夜は親しい仕事仲間あるいは単なる友人との懇談が週に2回程度、といったところだろうか。

週に1回のミーティングと月に1回のレポート(報告書)の作成で月額30万円の固定フィーをまずは基準に考えていただきたい(業種や地域によって当然この価格は変わってくる)。5社あれば月の売り上げは150万円。家賃などの固定費が限りなく流動費化されていて、妙な外注費や設備投資がなければ、それがそのまま会社の売上げであると同時に、大半が利益(粗利益)ということになる。まずはこの路線で手堅く会社を運営し初年度の決算を迎えたいところだ。ともあれ、自分自身の標準料金表(Rate Card)を決めておく必要がある。

業務内容の80%は以前在籍していた職場でやっていたことと同じことであることが望ましい。例えば経理部門にいた人であれば、経理コンサルティング業務で独立する、ということになる(60歳のオヤジが手習いで始めた新規事業など、犬も食わないと考えたほうがいい)。クライアントの1社としてはあなたが在籍していた会社からの業務受託獲得が現実的で、比較的受託確率が高いはずである。

そして残りの20%、イメージで言えば金曜の午後全部の時間帯を“やってみたかったこと”つまり大げさに言えば新規事業開発のために没入してみるのもいいだろう。1000万円の資本金でスタートしたとして、200万円分を第三者への投資に利用するか、もしくは自分自身の新規事業のために遊び半分でつぎ込んでみるか、ということだ。

いずれにしても、会社員だった頃の自分とやっていることが一緒だったとしても、妙な充実感があるはずである。それは全ての資本をあなたが独り占めしているからなのだ。ここでようやく雇用が王様という呪縛から逃れ、ある種の肯定感に満たされるはずである。仮に、5社のクライアントとのミーティングすべてがあなたが媚びへつらうことの多いようなものだったとしても、この裁量権の気持ち良さは堅持できる。何しろどんなに小さくてもあなたは会社のオーナーであり、また代表者でもあるのだ。

で、このような状態に持っていくためには5年程度の準備期間が必要だろう、ということが再三申し上げていることである。この準備期間で検討すべきは下記のようなことになる。

・人的関係資本の棚卸しを行い、クライアント候補、実務に対する協力者(社)、および賛同者の3種類のタイプを用意。
・得意なことの吟味(市場価値の推定)とやってみたいこと(チャレンジ)の切り分け
・固定費の流動費化(人件費・家賃・借入返済をゼロに)施策(注1)
・手抜きの手段を徹底的に検討(雑務を徹底的に排除しているのにそうは見えないようにすること)
・ITへの対応

なお、昨今は若手の労働者が完全な売り手市場になっていることから、高齢者を安価な労働者マーケットとして活用しようという動きが活発だ。多くの場合、短期のアルバイトか派遣のいずれかである。これもまた雇い主にとっては、若手を獲得できないがための“苦肉の策”に過ぎない。あなたの年齢に相応しい時給単価にはならない上に、あなたの経験に対する敬意などかけらもない。

被雇用者の立場からすれば、全国高齢者雇用福祉組合のようなものを作り「大変申し訳ないんですが、我々、時給3000円未満の仕事はできないんです」と豪語するような体制を作って経営者と対峙していく、くらいの準備が本来必要なのだと思う。そういう組織はありそうな気もするが、全国的なユニオンショップ(union shop:強制加入)にしないと難しいかもしれないし、さらに安い外国人労働者に求人が流れてしまう、ということになるのだろう。やはり自分の会社を作るしかないのではないか。

注1)
経費(一般管理費)には、広告宣伝費・役員報酬・接待交際費・通信費・消耗品費・租税公課・減価償却費・修繕費・保険料・法定福利費・支払手数料・地代・家賃・水道光熱費・事務消耗品費・旅費交通費・管理諸経費・会議費・新聞図書費・諸会費・雑費など実にたくさんの項目があるが、定年起業の場合、役員報酬と家賃だけでおそらく支出の70%以上を占めることになるはずだ。健全な経営なのに、それ以外の項目で費用が突出しているものがあるとしたら、それは“それなりの売上”がある場合だけに限られることを肝に銘じておこう。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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