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けっして貧乏ではないのに「貧乏くさい」という話

「貧乏」と「貧乏くさい」の間には、天と地ほどの差がある、などと言っても、なかなか実感できないかもしれないので、今回は、30年も前の話ではありますが、それを実感できるであろうエピソードを。

昔、勤めていた会社は、紙のタイムカードだった。そして、残業時間は0.1時間単位で計算されることになっていた。

で、どうなるか、というと、ほぼ全員のタイムカードの退出時間は、下2桁の「分」のところが「00、06、12、18、24、30、36、42、48、54」と6の倍数しかない、ということになる。

あー、貧乏くさい、、、。

ほぼ全員、というのは、反骨心のある(あるいは無頓着な)人も少しは居た、ってことだと思われる。容易に想像がつくと思うけれど、タイムレコーダーが33分なんて時刻を表示していたら、何人もがタイムレコーダーの前で3分間待っていたりするのだ。

まったく、貧乏くさい。

もう一つ、遅刻は1カ月に3回まで、かつ合計180分を超えない限りボーナス査定には影響しない、なんて規定もあって、これも多くの人が「利用」していた。つまり、ほとんどの社員は、健康であるにもかかわらず、あるいはなんらかの社会的な義務を果たすわけでもなく、月に3回、合計180分未満の遅刻を平気でするわけだ。

本当に貧乏くさい。

さらに忘れられないのは、独身寮ってやつだ。学卒5年間、院卒3年間、という利用期限だったと記憶するが、ま、これも建前であって、三十過ぎて居座っているようなのがゴロゴロいた。

三十過ぎて、残業がそこそこあれば、けっして貧乏ではないと思うが、独身寮に居続けるのは「超」の付く貧乏くさい行為だと思う。新入社員も入ってくるんだから、などとは考えないのだろうか? 独身寮自体、貧乏くささの権化のような存在ではあれど、その詳細はあまりに貧乏くさいのでここでは割愛する。

そんな状況(三十過ぎて独身寮に居座っている)であるにもかかわらず、新聞すらとっていない、あるいは駅で買って来ることさえしない、なんて先輩社員もいた。しかも、昼休みに新人の私が朝の駅で買ってきた新聞を読んでいたら、黙ってスポーツ面だけ抜いて読もうとするので、これには心底呆れた。新聞全体をキレイに折りたたんでその人の目の前に叩きつけて、「好きなだけ読んでください」と言ったことがある。

今、振り返ると、生意気な新人だなとも思うけれど、金がないわけではないのに、たかだか150円の新聞を自分では買わずに他人(しかも新人)が買ってくるのをアテにする、というのが本当に貧乏くさいと思った。例えば、違う新聞を買ってきて「ちょっとそっちの新聞を見せてくれない? よかったらこれも読んでくれよ」などということは考えないのだろうか?

残業時間は0.1時間単位などというつまらないレギュレーションの類は、貧乏くさい人が相手だと結果的にこうなってしまうよね、という話、あるいは独身寮にいつまでも居座ってしまうサラリーマンなど、「会社」というものにまつわるたくさんの貧乏くさいことを知っただけでも、いったん会社員になったのは悪くなかったかも、と思っている。

自分の会社を回すようになれば、まったく縁のない話だし、むしろ、自分の貧乏くささがあぶり出されて茫然とするということもなくはないけれど、上述のような話について何の疑問もなく、貧乏くさいと感じることなく年を取るのは、人生のリスク以外の何物でもないだろう。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026