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「品質が高い」とは何を指すのか

様々な「総量」が爆発した現代において、「品質」に対する評価もまた変化するのではないか。これからの時代に必要な「品質」とはいったい何だろう。

自分が若い頃に慣れ親しんだ習慣やモノを懐かしむこと、再度購入してしまうことなどを懐古趣味(Retrospective)という。女性よりは男性に強い傾向で、未来志向の逆の行動に見えるのであまり褒められたものではない、ということになっている。筆者自身、自分自身の中にあるこの傾向があまり好きではない。

ただ「単価を高く設定しても確実に売れる」こともあり、歴史的には頻繁に繰り返されてきたマーケティングのひとつだろう。例えば「サンダーバードのコンプリートDVDボックスセットが3万円」のような商品はだいたい2〜3万セットくらいは確実に売れる、と聞いたことがある。

しかし、最近の、特に30代の「一見、懐古趣味に見える消費性向」は、私の年代のそれとはどうやらまったく違うのではないか、と感じている。いつ作られたものかに興味があるわけでもなく、そもそも自分が子供のときに体験しているわけではないのでそれを懐かしいと思う理由がない。つまり「単に品質の高いもの」として認知している気配が濃厚だ。

音楽で言うと、音源がデジタルリマスターされたことによる最大の効能は、実はここにあるのかもしれない。例えば、ジミー・ペイジのギタープレイが本当に凄かったのはおそらく20代後半(1970年前後)の頃で、今や年老いてしまった本人はそれを再現することができない。しかしその「自分でも再現できない凄いプレイがデジタルリマスターで再現」されると、その「凄さ」はオーディエンスの年齢を選ばない、というより、むしろ若い人のほうがこれに共感する可能性が高い。これは懐古趣味ではなく「なんだかすごく品質の高いもの」に(デジタルだから)出会えたということになる。

総量が変わることにより変わってしまう個々の性質を「創発特性」という。一人ひとりと面談すると大人しい児童なのに30人集まると大騒ぎになる小学校のクラスルームなどが判りやすい例なのだが、音楽産業に限らず、今いろいろなビジネスが「今までの人類が経験したことのない総量の爆発による消費性向の質的な変化」というプロセスに移行したのではないか、と思うことが多い。

音楽で言えば「何百万という数の楽曲を読み込んで、人工知能でヒット曲を作る「Music Xray」あたりを想起する人も多いだろう。しかし逆なのだ。ユーザーは古典(classic)にアクセスするようになる。そちらのほうが早くて、安くて、(ここが重要なのだが)品質が高いからだ。音楽業界はすでに品質の高い素材を必要十分以上に資産として蓄えているのでもはや新作を必要としない、というのは言い過ぎだろうか。

では、そもそも「品質」とは何だろう。これから私たちが必要とする「品質」とは下記のような傾向があるのではないかと考える。

・ユーザーの文脈(context)や状況により変動する価値である。つまり状況依存度が強い。

・繰り返しの利用に耐えられる堅牢性がある。これはハードウエアに限らず、メディアの記事、あるいは選挙制度のような制度設計も含まれる。

・原材料よりは創意工夫や生成プロセスへの依存度が高い。原材料ゼロで創意工夫だけが商材になっているものがライセンス(知的財産)だったりする。

・大量生産と相性が悪い(収穫逓減する)。従って高価格になりやすいためユーザーの価値観は分散する(50万円の釣り竿を持っている人が50万円のカメラも保持していることはあまりない)。

・汎用的利便性は低い。但しそれを必要とする人にはかけがえのない道具になる(「利便性」はひとつの重要なキーワードだと思っているので別の論考で書く予定)。

・結果的に環境に優しくなるサービスや財であることが多いが、環境に優しいことを売りにして開発されたわけではない。

・開発者の「好き」という感情の強さに大きく依存する。これは品質が過剰であり続けるためのエネルギー源になる。

・品質自体には適度な「ぶれ」を含むことが多く、均一さに欠けることがある。

・信頼性はサービス単品ではなく、サービスプロセス全体で評価される。

さらにこれらに

・昔から連綿と続いているサービスや習慣は高品質である可能性が高い。

を加えたい。これは懐古趣味ではないのだ、と言いたいわけである。

みなさんがこれから顧客に納品することになるであろうサービスに上記のような性質が加わっていれば、商売としては盤石なのではないか、と思うのだが、いかがだろう。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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