2015年の春、旧知の仲である私たち3人(北野 勝康、田邊 俊雅、竹田 茂)が久しぶりに麻布十番で酒を酌み交わしていたとき、この3人にはかなり共通点があることに気付きました。それは「以前勤務していた会社にはそれなりに長い期間在籍しており、特に目論んでいたわけではないのだけど、42歳のときに一念発起して起業、曲がりなりにも10年以上健全に経営されていて、第三者増資などは眼中になく、従業員が増えることもなく、良くも悪くも会社の規模は少しも大きくなっていない、但し(様々な資本に対する)裁量権はほぼ100%確保している」ということでした。それ以外にも「親が自営業(だった)」とか「起業した当初の事業イメージとはかなり異なるビジネスになっている」といったような特徴もあるのですが、ここに見ることができるたくさんの共通点には何らかの法則性があるのではないかと考え、その法則らしきものは「似たような立場で起業しようとする人」に役立てていただける可能性がありそうだ、ということでこの「42/54」のオープンに結実しました。
起業塾、あるいは起業を支援する書籍のようなものはご存知のように世の中に溢れていますが「起業したくない人の起業術」は案外探すのが難しい。しかしこのノウハウを知りたい人はたくさんいるはず、そして、同じような経緯を経て起業した「同士」もたくさんいるに違いないとも確信しています。
中小企業コンサルタントの言うことが全部嘘だとは言いませんが、「実際に」小さな会社を経営してきた3人の「共通するノウハウ」のほうがより多くの説得力があるはずであるとも(やや手前味噌ながら)考えたのです。起業塾のようなところに通い詰め、講師に叱咤激励されながら思い詰めて起業するのはなんだか貧乏くさいし、(あなたの)プライドが許さないはずです。一方「簡単に会社が作れるウエブサービス」なども出現していますが、一度しか作らないであろう大切な法人を30分で設立してしまうインスタントさは不要です。税理士事務所や行政書士などに丸投げしてしまうのも間違い。法務局や公証役場に実際に足を運んでみるのは悪くない経験だと思うのです。せっかくのチャンスは自分の目と足でじっくり味わってみたほうがよいでしょう。制度設計上の馬鹿馬鹿しさも含めて体感しておくことがご自身の財産になるはずです。
そもそも世界が環境上の上限(ceiling)にぶちあたってしまったことで、私たちの暮らしや仕事は大きく変わらざるを得ない局面に立たされています。市場拡大主義の最大の弱点は「自然を無限のものとみなす」という点にありますが、ローマクラブに指摘されるまでもなく、これがすでに破綻しているのは明らかです。国内でも1954年頃から始まった、いわゆる高度成長期は、長い日本人の歴史の中における「今から思えば相当ヘンな習慣に満ちあふれた特異な時期」に過ぎなかったのかもしれないとすれば、この頃に確立(?)された様々な経営にまつわるノウハウがこれからは無効になると考えるほうが自然でしょう。戦後復興期のソニー、ホンダを立ち上げた人たちの立志伝や、最近でいえばネットベンチャーとして一世を風靡した連中の働き方も話としてはそれなりに面白いし否定するものでもありませんが、これからの中年起業にはむしろ反面教師の可能性が高いと確信しています。少々大げさですが、私たちに必要なのは資本主義(=市場経済拡大・成長主義)に対する修正作業、つまりポスト資本主義時代の起業術なのです。
さらに、拡大(Scale Out)を夢見て若い人が起業するのと、被雇用者経験しかない中年の起業は、同じ「起業」という言葉を使っていても、まったく別の行為です。さらに増えるであろう子供の教育・養育費や親の介護問題、そして低下していく体力などを勘定に入れた起業が博打(ばくち)では困るのです。中年起業に必要なのは「安心・安全な起業」であり、かつ「(たとえ細々であっても)持続可能性が極めて高く、死ぬまで楽しく働ける」ということです(現在の60代・70代の人の余生の過ごし方は基本的に間違っています)。投機的行為は絶対避けなければいけません。あくまで「長期的に健全な投資」でなければならないのです。
ここで、このプロジェクト名(「42/54」)の由来をご説明しておきましょう。
振り返ってみると「42歳」は体力と知力(経験知)の掛け算がピークになる頃だったように思います。それなりの裁量権を確保しているはずなので仕事上の人間関係の活性も最大化しています。そして自己に対する(夜郎自大気味な)評価が最大になる頃です。万能感に溢れ、他人全員が「バカ」に見えたりします。と同時に、所属する企業内で新入社員時代から続いてきた(出世)ゲームの結末が出始める時期でもあります。つまり、今後の自分が役員コースに乗るか子会社転籍コースに逸れていくのかがこの年齢前後に明確に見えてきます。いずれにしても総合的能力や社会関係資本がピークの30代後半から40代前半の時期がサラリーマン起業の最初のチャンスであることに疑いの余地はありません。
一方「54歳」は、お気づきのように「役職定年の1年前」です。役職定年後も当該企業に所属するのもまたひとつの選択肢ではありますが、もしこの役職定年を契機に独立を考える、ということであれば、最低でも1年の準備期間が必要です。つまり54歳が起業の準備をスタートさせるためのラストチャンスということになります。
というわけで「42/54(よんにいごおよん、と読んでください)」は42歳から54歳までの方の起業を支援します。これは決して「第二の人生」ではありません。42歳で独立したとすると、サラリーマン時代は20年間前後だったことになりますが、その後の自営業経営期間が寿命近くまであるとしたら、サラリーマン時代の実に2倍近い時間がその後に控えていることになります。つまりサラリーマン時代は助走期間・教育期間に過ぎず、これからがいよいよ本格的に離陸を迎える時期、すなわち「本番」だと考えるほうが素直でしょう。右も左もわからない若造に十分な教育的投資を行ってくれた古巣に対して、起業という形を通して恩返しするタイミングなのかもしれません。
「42/54」プロジェクトチームは、中年サラリーマン起業者の良き伴走者になりたいと考えています。
「塵も積もって山となり、瞬間重なって年となる」
自戒の念も込めて皆さんにこの言葉をお贈りします。
竹田 茂(「42/54」プロデューサ)
田邊 俊雅(「42/54」編集長)