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介護と起業

何かに対する挫折や受け入れざるを得ない外的要因からやむを得ず起業せざるを得なくなった人は多いはずだ、というのがこの「42/54」の創刊主旨でもあるのだが、その中で最も切実なのが親の介護が理由になっている起業だろう。

大学入学と同時に上京、そのまま東京の会社に就職、そして家庭を持った。自分の子供にとってはもはや東京が故郷(ふるさと)だ。しかし、自身の親がいよいよ介護が必要になってきた。田舎で親の面倒を見てくれる兄弟がいるわけではなく、自分がなんとかしなければならない。しかし田舎には継ぐべき家業があるわけでもなく、自分のスキルが活かせる魅力的な転職先もない。そもそも自分の年齢での転職が難しいことを考えると、残る唯一の選択肢は「消極的な起業」ということになる。

このようなケースで最初に調べるべきは、起業の方法よりはむしろ介護の実態だろうと想像する。例えば公営の充実した設備は、施設も体制も立派でかつ格安な「完全介護」が実現できる。しかし、入居が許可されるケースは「重すぎず、軽すぎず、施設にとって都合のよい介護患者」に厳選していたりする。結果的に競争率が高く、入居可能性は絶望的に低い。しかも実家からクルマでも1時間かかる、などということも稀ではない。

そして最悪の場合、24時間自宅で介護せざるを得なくなるかもしれない。そこには壮絶な生活が待ち構えていることになる。さらに言えば、ほぼ同じような時期に配偶者の親の介護も他人事ではなくなるはずだ。

個別事例とは別に、介護そのものについての知見も必要になる。例えば、一般に介護患者の病状の進行を遅らせるには「当該患者が得意だった仕事を取り上げず、継続させる」「(患者にとって)懐かしい居場所から動かさない」といったノウハウがある(らしい)。

このような個別の状況と専門知識をベースに様々な調査を行い、その次にようやく「そのような状況にふさわしい起業のカタチ」を検討するフェーズに移ることになる。クライアント先に常駐することが前提になるような業務など請け負えるわけがない。時間に関する裁量権を100%確保するのは必須だ。以前から地元にいる人をアルバイトで雇用する必要があるかもしれない。業態として経験したことがなくても、例えば「インターネット経由で納品が可能」といった仕事の種類に自分の得意業務を「変換」していくことを検討したり、東京での拠点を確保せざるを得なかったり、といろいろなことがあり得るだろう。

行政がどんな魅力的な制度を用意してくれているのか、あるいは当該地域の何が致命的な弱点なのかも調べる必要がある(※1)。当然、その後にやってくる自分自身の老後のことも頭の片隅に置いておかなければならないだろう。

「まさか自分がそんな起業をするとは、夢にも思わなかった」はずだ。しかし、これは誰にとっても容易に想像できる範囲にあるリスク要因なので、起業に先立つ形でその準備を始めても遅すぎるということはない。特に、最近は結婚年齢が上昇したことで、以前は適度に離れていた「介護のスタート時期」と「子供の教育費負担の急増期」が重なる確率が高くなった。介護が必要な親、子供の教育環境、そして妻(あるいは夫)の仕事やコミュニティ、すべての満足度をバランス良く満たす業務設計が「新社長」の最初の、そしてもっとも重要な仕事であり義務である。

これに比べれば、住宅ローンの残債が何千万円と残っていようと、これから養育費が数千万円単位で必要となることが予想されていようと、(筆者自身のケースも含め)通常のありふれた起業など、子供の遊びと大差ない。あなたが感じている起業にあたっての悩みは、「介護のための消極的起業」に比べればさほど深刻なものではないし切迫感もない。人生の冒険というほど大げさなものでもないのだ。

※1  NPO法人「ふるさと回帰支援センター」が有楽町・東京交通会館で主催しているセミナー(=自分の田舎に帰りたいと考えている人たちに対して、当該自治体職員が入れ替わり立ち替わりで講演・相談会を実施)には、地域の情報を求める相談者が毎月数千人も殺到し、異様なムードで盛り上がるのだそうだ。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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