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「勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり」

「勝つ」と「負けない」は一見同じことを言っているようだが、実際にはかなり違う。「勝つ」はアタマ一つの差だろうが何だろうか、他を蹴落としてでもNo.1を目指すことになるが、「負けない」はNo.1にはほど遠いが、しぶとく生き残っている状態を指す。地味だろうがカッコ悪かろうが、なかなかゲームから離脱せず、(事業が)継続している状況こそが「負けない(経営)」ということになる。

スポーツ・イラストレイテッド(Sports Illustrated)という、米タイム・ワーナーが発行するスポーツ雑誌がある。この雑誌の表紙を飾ることはスポーツ選手にとっての名誉であるとと同時に、「表紙に載ったらおしまい」とも言われているらしい。表紙を飾るときがNo.1スポーツ選手としてのピークであり、あとは下るしかないからだろう。

雑誌やテレビなどのメディアでもてはやされる企業や人は、なんらかの分野でNo.1であるかオンリーワンである場合がほとんどである。それはそれで素晴らしいことだが、No.1になるということは、同時にメディアからは「使い捨ての消費の対象として扱われる」ことを意味する。「勝つ」ということは、必然的にそのような状態を包含していることが多い。

多くの零細企業やこれから起業しようとする中年にとって重要なのは、No.1になることや「勝つ」ことではなく、土俵際まで追い込まれても踏ん張ることであり、ゲームが行われている場所から退場しないこと、すなわち「負けていない=倒産していない」ことだ。

「負けていないだけのただの零細企業」はメディアが取り扱うネタとしては面白みに欠ける(=際立った特徴がない)が、当の経営者にしても、「勝つ」ことを評価するメディアから「消費の対象」として扱われることには、何のメリットも感じないだろう。

簡単に言えば「有名になってもあんまりいいことはない」ことを知っている人たちでもある。「プライバシー」は、財産として膨らますことや徹底的に隠蔽することが重要なのではなく、自分自身のコントロール下にある、つまりプライバシー量を自分の意志で自在に増減させることができる、という状態にこそ価値がある。

徒然草の第百十段に下記のような一節がある。

「双六の上手といひし人に、そのてだてを問ひ侍りしかば、『勝たんと打つべからず。負けじと打つべきなり。いづれの手かとく負けぬべきと案じて、その手をつかはずして、一目なりともおそく負くべき手につくべし』といふ」

ざっくりと現代語訳してみると「スゴロク(=盤双六を指すと思われる)の名人に『なんで上手なの?』と聞いてみたら『勝とうとせずに負けないようにしようとしているだけだ。負けるのをなるべく遅くすることが重要なのだ』と答えました」ということのようである。

零細企業を経営している人は、この言葉にまさに「我が意を得たり」と感じるのではないか。また、超一流企業の社長として一世を風靡したような人(=勝った人)であっても、その職を解かれた後につづくであろう20年以上の時間を過ごすにあたって、勝とうとするのではなく「負けない人」に自分自身を転換させるメンタリティが残っているか、ということが重要になるはずである。ともあれ、中年起業に必要なのは「勝つこと」ではなく「負けないこと」なのだ。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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