60

経営者にコミュニケーション能力は必要か?

コミュニケーション能力は持って生まれた遺伝的因子と環境因子で子供の頃に決定する。大人になってからトレーニングして身につけたコミュニケーション能力は、生得的な能力ではないことが透けて見えてしまうので、このトレーニングは時間の無駄である。

犬を飼う時は、よちよち歩きの子犬のうちになるべく多くの人間に接触させることが肝要だ。敵と味方の区別を感覚的・嗅覚的につけさせるためである。このトレーニングを怠った場合、家族以外のすべてを敵と見なす駄犬になってしまう可能性が高い。

人間も似たようなところがある。小さな頃から様々な職業の大人が出入りする場に遭遇する機会に恵まれていたり、触覚的な体験のバリエーションが多い子供は、大人になってからのコミュニケーション能力が高いように思う。

コミュニケーション能力の低下という課題は、核家族という家族形態と結びつけられることが多いが、これ自体は大正時代からすでに過半数を占める形態であって、別に平成になって加速した現象というわけではない。問題があるとすれば、住まいと街の形、もっと端的に言えば「みんなマンションに住んでしまった」ことにあるような気がする。

大半が核家族であったとしても、平屋あるいはせいぜい二階建ての家が密集している地域であれば、それなりのコミュニティが自然に成立するので、子供にとってコミュニケーション能力が育成されやすい環境になるだろう。ところがこのコミュニティにマンションが一棟建っただけで状況は一変する。たいていの場合、マンションの住人のコミュニティは都心の会社の中にあるからだ。

さて、様々なビジネス書で語られるノウハウの中で、最も胡散臭く説得力がないのがこの「コミュニケーション能力の開発」に関連した言説・ノウハウだ。コミュニケーション能力は持って生まれた遺伝的因子と(コミュニティなどの)環境因子であらかた決定してしまっているのだ。

大人になってからトレーニングして身につけたコミュニケーション能力は、それ自体が後付けだということがなぜか一発でバレる。生得的な能力ではないことが透けて見えた瞬間に本物感が消え失せる。簡単に言えば「営業マンと話をしているようなよそよそしさがつきまとう感じ」になる。コミュニケーション能力をトレーニングで身につけようとするのは至難の技だろう。

実はこれはコミュニケーション能力に限らない。以前勤務していた会社で何人かの部下を「指導」していて痛切に感じたのは「欠点を教育で克服させるのは無理、もしくはコストが合わない」ということと「上司ができることは部下の『好き』を伸ばすことだけ」という2点だ。ダメなものは何をしてもダメなので、そのダメを何とかしてあげようと考えること自体がダメなのである。それが端的に表れるのがコミュニケーション能力の開発というものではなかろうか。

そもそも自分のコミュニケーション能力に自信のあるヤツなんてのは、他人から見た時に胸糞が悪いに決まっているので、自己評価にあまり意味は無い。加えて、他人からコミュニケーション能力の低さを指摘されたところで、如何ともし難いのも事実。つまり、自分のコミュニケーション能力について考えること自体が時間の無駄なのだ。

「経営者に必要なコミュニケーション能力」なるものも、おそらくはあるのだろう。そもそもは、それを羅列するつもりでこの原稿を書き始めたのだが、それをトレーニングで身につけること自体に意味がないような気がしたので、原稿内容自体を大きく変えた。

しかし、途方にくれる必要はない。ハーバードのハワード・ガードナーという偉い先生が、「人間には8つの知能が別個に存在する」と言ってくれている(知能と能力の区別が曖昧な、かなり怪しい学説ではあるのだが)。

1)言語的知能:口八丁手八丁で言いくるめる能力も含まれるのであろう。
2)論理数学的知能:論理的思考能力が高いと仕事がデキるように見えてしまうのが厄介である。
3)音楽的知能:作曲、楽器の演奏などの能力だろうか。
4)身体運動的知能:スポーツマン、あるいは職人などが持っている身体知を指していると思われる。
5)空間的知能:イメージや映像などをハンドリングする能力。
6)対人的知能:いわゆるコミュニケーション能力。
7)博物学的知能:筆者の高校時代の同級生に「ちしき(=知識)」というニックネームで呼ばれ重宝されていた友人がいた。意味を尋ねると必ず答えが帰ってくるいわゆる歩く事典。当然のごとく東大に進学したが、一般に頭がいいと認識されがちなのはこのタイプ。
8)内省的知能:霞が関と永田町に最も欠落している能力。

あなたが作曲できずに悩んでいる(3の能力の欠落)わけではないように、コミュニケーション能力が低い(6 の能力の欠落)ことに悩む必要もないのだ。潔く諦めればいいだけであって、むしろ「比較的得意なことはなんだろう」という方向に考え方を展開したほうがいい。

その他の能力開発をすべて捨てて、あなたはその能力を伸ばすことに特化すればいいのである。あなたが起業した時は、その「伸ばせる能力」を根拠とした経営を行うことになるだろう。コミュニケーション能力が著しく低いのにきちんと儲けている社長なんぞいくらでもいる。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
Amazonで購入するKindle版を購入する