似たような経緯を経て起業するに至った42/54の3人のメンバーだが、10年も経過すると共通点以上に様々な相違点や特徴が見えてくる。それぞれがどんな経営をしているのかをかいつまんで、ここで紹介させていただく。
1)北野 勝康( http://www.fudousankakaku.net )
「不動産価格.net」( http://www.fudousankakaku.net )の運営が事業収入の大半を占める。ユーザー(不動産を売却したいと考えている人)は、不動産価格.net経由で自分の不動産の鑑定(査定)を依頼できる。査定を引き受ける不動産会社(不動産仲介)からの広告収入が主たる収入源になる。不動産売却に限定した顧客(売主)獲得サイト、つまり売主機会獲得の競争(せり)に参加したい不動産会社からお金を取るモデルだと考えればいい。
SIer時代からの事業開発経験を活かし、インターネットとWebサービスの利点、すなわち「人ではなくアルゴリズムに仕事をさせる」という特徴を最大限に活用した自動運転モデルの構築に成功した。不動産会社からの広告収入は成果報酬型(査定数に応じた後払い方式)で、不動産会社の広告投資リスクを低く抑えることで長期契約化を促し、結果として収入の安定とリスクヘッジを実現している。
ある程度の社数を集めるまではそれなりに苦労したようだが、業界でこのサイトが話題になり始め、社数が閾値(threshold)を超えてからは、積極的に営業せずともクライアントが集まるようになってきた。契約を打ち切る理由が発生しにくいので、キャンペーン型広告収入への依存度が高いメディア事業に比べて、ボラティリティが小さい。
日本の不動産価格が暴落するようなことがあれば成立しなくなるモデルかもしれないが、そのような事態になった時には、もはや日本という国の運営自体が危なくなっているはずなので、不動産価格.netがどうのこうのという議論自体が吹っ飛ぶはずである。
後述する竹田、田邊のビジネスとの決定的な違いは「第三者への説明が簡単で、他の不動産ビジネスとの差別化が明瞭なので、自動スケールする可能性が高く、上場できるポテンシャルを内在している」ということだろう。それなりのシステム投資をしているはずなので「伸るか反るか」という危ない橋を最低一回は渡っているはずだが、結果としては仲間3社の中では最もROI(投資収益率)の高い会社に成長した。
事務所に常駐しているのは本人のみ、運営、営業管理、制作(プログラマ、デザイナー)は外部に業務委託しているのでランニングコストも比較的小さい。ただし、ポートフォリオ上は完全な「一本足打法」なので、さらなる安定のためには新規事業開発が必要になってくるだろう。
2)竹田 茂( http://media.style.co.jp )
Webメディアの運営が主たる事業である。主な収入源は、それぞれのWebメディアへのスポンサーフィー(広告収入)になる。スポンサーが単独の場合、業界では「オウンドメディア」と呼ぶようだが、「昔のサザエさん(東芝による1社スポンサード)みたいなもの」という説明のほうが分かりやすいだろう(つまり単なるシングルスポンサードのことである)。
新聞を作るために輪転機が必要といった時代に比べれば格段にローコストでメディアは開発・運営できるようになったとはいえ、それなりの規模のメディアになってくると、売上規模も大きくなるが、半端ではない外注費が帳簿に計上される。編集や執筆に携わるスタッフは基本的にフリーランスだが、メディアのスポンサー契約は普通は1年ごとに更新されることが多いので、外部スタッフも長期間の随意契約、すなわち事実上の社員に近い扱いになり、現在は9人程度が在籍している。
結果として、固定費を流動費化しにくくなるため、慣性(inertia)の大きな経営になる。すぐに止めたり、すぐにスタートしたり、という動作を行うためのコストがそれなりに大きくなるので“なんとなくダラダラ運営している”状態になりやすい。事業の方向転換(pivot)は意外と難しく、フットワークは案外重い。
設立当初はコンサルティング業務も実施していたが、現在は当該業務を「Webへの実装」という形で巻き取らせるようにしている。第三者からはこれが「メディアの創刊」に見えるはずだ。
インターネット・ビジネスのど真ん中にある印象を抱かれやすいが、実態としての経営スタイルは古典的な労働集約型なのでROIは悪い。つまり、あまり儲からない。田邊、北野の会社と比較すると、「典型的な零細企業の経営スタイル」に近いはずだ。規模の大小を問わずメディアカンパニーには独特の経営性向があるが、42/54読者の皆さんがそのあたりに興味があるとも思えないので、それはまた別の機会に述べることにする。
3)田邊 俊雅( http://www.ttana.be/trail/ )
何を以って成功と考えるかはともかく、最も「42/54的経営」を実践しているのが田邊だろう。その体型(最近少し絞ったようだが)とは裏腹に、経営が“身軽”なのが特徴で(おそらくそれを信条としていると思われる)、メンタリティは自営業者ではあっても、法人格をうまく利用している好例だ。
東京都内に数社の顧客を持ち、Webサイト/Webメディアの運営を業務委託されつつ(Webの案件ごとにチームを編成して対応する)、富士山麓でレストランを営むという、まさに社名(ハイブリッドメディア・ラボ)通りのハイブリッド経営を実践している。ただし、それぞれの事業には何の相乗効果もない。
偶然の出会いから簡単にpivotして気軽にプロジェクトを試してみる、というスタイルを好む。設立当初は東京・恵比寿の駅に近いマンションの一室を事務所にしていたが、やりたいことが変わったタイミングであっさり引き払ってしまった。書き入れ時の土日に店を休んでイベント出店してみる、なども一人でやっていればこその判断だ。これからも新しくやってみたいことがあれば即座にそっちを試してみる、ということを繰り返していくはずである。
ビジョンとかコミットメント・社会的責任などという企業ホームページに偉そうに記載されているものについては、全く考えていないわけではないとは思うが、なんとなく軽蔑しているフシもある。それよりはむしろ“今を楽しむ、チャレンジしてみる”ということを大事にしている。墓場まで持っていけるわけじゃなし、森羅万象全てが借り物という意識と、所有に関する深い洞察が限界に近い固定費を実現しているように見える。
Webサイトの運営の次にレストランの経営、とくれば、その次に手がけるものもまた、本人でさえ想定していなかったようなものになる可能性が高い。しかしいずれにしても「いつでも撤退できるもの」というポリシーは貫くことになるだろう。北野、竹田のモノトーン経営に比べ、田邊の経営はかなりカラフルに映る。
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情報通信系・メディア系という意味では業界もほぼ同じ、しかも起業した経緯や設立当初の業務内容が酷似していたこの3人の会社でさえ、10年以上が経過すると、その経営形態は3社とも全く違うものになっていることがご理解いただけたと思う。そしてそれは、本人が想定していた形態ですらない。
たまたまの出会いのような偶然が経営を支配しつつも、多少なりとも儲かりそう(かつ面白そう)な方向へ足を向け続けていっただけ、とも言える。それぞれが自転車操業であることには大差ないが、まあそれなりに苦労しつつそれなりに楽しんでいるというところだろう。零細企業にとっての模範的な経営を実践している、と言えるかどうかは良く分からない。何しろ零細企業は個別事例の塊なのだから。
- 書名
- 会社をつくれば自由になれる
- 出版社
- インプレス/ミシマ社
- 著者名
- 竹田茂
- 単行本
- 232ページ
- 価格
- 1,600円(+税)
- ISBN
- 4295003026
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