78

経営者は最低でも3回転する

会社経営において“経営者自身に在庫回転率がある”という仮説を考えてみると面白い。この場合の“回転”は 10年スパンくらいの大雑把な仕事のサイクルを指す。1)蓄えられていくノウハウ、2)衰えていく体力、そして、3)馴化することによる刺激の喪失(簡単に言えば“飽きる”ということ)の3要素と相談しながら、仕事のスタイルを変えていく。単純で貧乏くさい上昇志向ではなく、どんどん脇道に逸れて行く状態自体を楽しむような「回転」こそ42/54的起業家に相応しい。

体操やフィギュアスケートなどは回転数が多いほど得点が高いということになっている。F1のエンジンのように20000rpm(revolution per minute)などという超高回転なモータースポーツもある(現在は、レギュレーションで最高回転数は15000rpmに制限されているが、もはや狂気の沙汰ではある)。

一般には、経営における在庫回転率も高い方が良い。在庫回転率は1年以内に企業が保有する在庫が販売される回数なので、売上を平均在庫で割れば簡単に算出できる。通信販売事業者の回転率に至っては軽く3ケタを超えることもあるらしい。ただ、例えば高級宝飾品のようなブランドものは回転率は恐ろしく低いはずだが、売上高利益率はべらぼうに高い。

従って、高回転であれば良いと言い切れるわけでもなさそうだ。もし、高回転率を誇る高級宝飾品があるとしたら、それはおそらく本当の高級宝飾品ではないだろう。一方で出版業界などは、流通網の制度設計自体が老朽化しているので在庫回転率は最悪だろう。

転職も一種の回転とみなせるが、転職回転数(転職回数のことですが)が多い人を信用するのは難しい。転職の理由がそれぞれの勤務先固有の事情よりは、本人のある種の性質に起因する可能性が高いと推測されてしまうからだ。採用する側はどうしても身構えてしまうことになる。

ここにヘッドハンターが関与する場合があるが、彼らの仕事は「さほど多くはない優秀な人材を何回転させることができるか」ということにある。回転するたびにコミッション(転職させた人材の年収の約30%)が入るのだから、年棒が高い人材だけ囲う方が営業効率は高いが、回転させられるカモは(本当に優秀な一部の人材を除いては)自分が回転(転職)させられるたびに劣化していることを自覚する必要があるだろう。

ともあれ、転職回数は多くとも2回程度にとどめておくほうがパーソナルブランディング上も、またその先に控えているであろう起業時においても安全なはずだ。

さて、今回筆者が話題にしたいのは“経営者自身の在庫回転率”である。当然、そんな概念も数値も存在しない。自分の人生の中で「何回転くらいすると楽しいのかな?」とふと思っただけなのだが、この場合の“回転”というのは 10年スパンくらいの大雑把な仕事のサイクルをイメージしている。

新卒で入社した会社で一定期間勉強させていただき、とりあえずここで1回転終了。そのあと独立して2回転目をスタートさせましょう、というのが42/54のメッセージなのだが、実際に2回転目が10年を経過したあたりから、また別のことをやりたくなってしまう経営者が自分の周りには多いように感じる。

1)蓄えられていくノウハウ
2)衰えていく体力
3)馴化することによる刺激の喪失

という誰もが持つ3つの要素が作用しているようだ。

別会社を作るといったわかりやすい刺激よりはむしろ、自身が大切に育ててきた会社の業務内容をリスクと相談しながら少しづつ変化させていく、あるいはやり方を変えてみるというケースの方が圧倒的に多い。

飽きたから、というよりは別のことにチャレンジしてみたいと思い始めるのかもしれない。起業するということ自体が小さなチャレンジではあるので、会社を作ってしまうような人に共通のメンタリティである可能性も高い。いずれにしても、これが次の10年を1回転させるためのエンジン(原動力)になる。

「10年スパンで何回転かさせる」ことをゴールとすると、42歳での起業というのは決して早くない、というかむしろ遅きに失したと言うべきなのだ、と最近実感している。

新卒で会社に入ったらまずは10年間、脇目もふらず必死に働いてみる(筆者の場合、居心地が良かったのでここに20年近く在籍していた。※1)。これで1回転。そして、30代前半で自分の会社を作り、試行錯誤しつつも10年間程度経営する。ここまでで2回転したことになる。

それまでのベースキャンプを温存しつつ、新しいエンティティを作って、そちらで次のチャレンジを10年(3回転目)。そして最後は、「ライセンスのようなものを管理しつつ、人と会話していればいいだけの仕事」に移行し、最後の20年程度はラクで好きなことしか手をつけず、余生を過ごす(ただし“働いている”という状態はキープする)というのが理想的かもしれない。

重要なのは、回転するたびにステージを上げたり売上を伸ばす方向へベクトルを向けるのではなく、横展開を楽しむスタンスにすることだ。それがこれからの“回転法”になるはずだ。

2016年版中小企業白書・概要」によれば、ここ20年間で経営者年齢の山は47歳から66歳へ移動、規模の小さな会社ほど経営者の高齢化が進んでいるという。これ自体は単なる社会全体の高齢化を反映しているだけかもしれない。しかし、日本政策金融公庫の「新規開業実態調査」を見ると、開業時の平均年齢は42.4歳でここのところ上昇傾向にある(図らずも「42/54」というコンセプトの正しさが証明された)。1982年には8.1%に過ぎなかった起業家全体に占める60歳以上の比率が2012年には32.4%、つまりおよそ4倍に膨れ上がっている、という事実もある。

当然のことながら、開業する年齢が上昇するほど経営を回転させるチャンスは激減する。つまり「ああ、もう少し早く開業すれば良かった」と後悔することになるのだ。いずれは誰もがごく普通に起業することになる(起業せざるをえなくなる)ことがもはや明確になった以上、回転数を考慮するならば、これを読んでいるあなたは今すぐに開業(起業)しちゃったほうが良いことになる。

※1
自分が以前在籍していた職場になぜ20年も在籍できたのだろう、と振り返ってみると、同じ会社の中で2回転していた(人事異動のことだけど)ということに思い当たった。その人事異動の背景には2つの大きな“時代自体の回転”があった。80年代前半のパーソナルコンピュータの出現、そして90年代前半のインターネットの出現(正確にはWorld Wide Webがインターネット上で利用可能なサービスになったこと)である。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
Amazonで購入するKindle版を購入する