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未来永劫通用する日本的経営は“昔から利用されている言葉の中”に隠れている(かも)

情報、電撃的、統制、戦術、戦略、撤退、偵察、補給、派遣、射程、先制、空中戦、作戦、采配、速攻、遠征、兵隊、武器、援護射撃、狙い撃ち、最前線、激選区 というような言葉を多用する人とはあまり仕事したくない、というのが人情だろう。会社経営がある種の戦争あるいはゲームであることは否めないが、これからの経営に必要なのはこういう言葉群ではない可能性が高い。

エクリチュール( l’écriture)は、日本語とか英語といった言語(langue)と、個人独特の文体(style)の中間にある、状況や気持ちに依存して、意識的にあるいは無意識に選択される言語体系のようなものだと考えておけばさほど間違いではないだろう。ロラン・バルト(Roland Barthes)が『零度のエクリチュール( Le Degré zéro de l’écriture)』で1953年に示した概念だそうである。

これは、状況によって使う言葉のセットが微妙に(ある時は“ガラッ”と)変化する、ということを指す。身内だけの会議の時は「俺は~だよ」という言語セットを使っている同じ人が、初対面の相手とのビジネスミーティングでは「私は~と考えています」というような具合に、意味が同じでも状況によって言葉使いが大きく変わる。

大阪にいる仲間とは関西弁で語り合っている人が東京に来ると、いわゆる“標準語”を操ることができるのもエクリチュールの一つと言っていいだろう(東京人が慣れない関西弁を使うのは、本人はかっこいいと思っているのかもしれないが、かなりダサいのでやめた方がいい)。葬儀に参列した時には普段使わない言葉の羅列になることに自分でもびっくりするはずだが、これもまさにエクリチュールだ。

逆に言えば、どういう言語セットを選ぶ癖(くせ)がある人か、というところから、その人が考えていることや思想がうっすらと見えてくる、ということも多い。

例えばミーティングの場で、情報、電撃的、特殊部隊、統制、局地戦、戦術、戦略、撤退、偵察、補給、派遣、射程、先制、追跡、爆弾、空中戦、作戦、采配、速攻、遠征、兵隊、武器、援護射撃、後方支援、狙い撃ち、最前線、激選区、というような言葉のセットを好んで使う人がいたとしたら、これはもう間違いなく好戦的な性格だろう。

美味しい(仕事)、口当たりの良い、こだわりの、あっさりした、自家製の、熟成した、新鮮な、贅沢な、手作りの、濃厚な、深みのある、本格的な、みずみずしい、病みつき、という言葉がガンガン出てくる経営者はおそらく空腹である可能性が高いので、打ち合わせ終了後にご飯に誘ってあげるべきだろう(注1)。

海外から“日本的経営”なるものが絶賛されていた70年代後半~80年代に頻繁に登場した言葉としては、終身雇用、年功賃金、集団責任、充実した福祉、愚直経営、状況により変化する論理、系列、株の持ち合い、カンバン方式、すり合わせ、経団連などが挙げられる。今となっては信じがたい言語セットだが、とりあえずこれを「A群」と呼ぶことにしておく。

さて、単品管理(Tanpin-Kanri)」や「過労死(Karo-Shi)」のように海外にその意味に相当する言葉がないので、日本語のまま使われている言葉がある。この「古来から現在まで利用されている日本語でそれに該当する海外の言葉がないものの集合体「B群」から、上記の「A群」を差し引けば、高度成長期という異様な時期にアドホックに流行した言葉を差し引いた、日本古来から脈々と生き続けている日本らしい“ことば”が見えてくることになる(良し悪しは別として、であることに留意しておきたい)。

そして、それらの言葉の中に、これからの「日本的経営」を指し示す言葉がある可能性が高い、と考えてみるのはさほど無理がない推論のように思う。

例えば「根回し」という言葉を考えてみよう。ある程度成長してしまった樹木を移植する場合、移植先の新しい土壌と相性の良い「根」を作るために、それまでの根の一部を切断して新しい根が生えてくる状況を作っておくと、新しい根は新しい土壌から積極的に養分を摂取しようとするので、活性化がうまくいく。そのためには、1年以上前からこの作業を始めておく必要があるのだという。

これが転じて、物事をうまく進めるために、事前に関係しそうな人の了承を取っておくことを「根回し」と言うようになった。外交に顕著だが、下打ち合わせや事前交渉の段取りそのものが、むしろ主役・主成分と言ってもいいだろう。外交とは根回しのことに他ならない、とさえ言えるかもしれない。

私たちも「そろそろ会社、辞めようかな」と考え始めた時に、会社設立のどの程度前に、そして一番最初に誰に切り出すか、といったあたりから根回しを始めているはずである。

この言葉に限らず、「古来から使われている言葉にこれからの日本的経営を指し示す言葉があるのだ」とすれば、農作業、漁師、食べ物、宗教に関連した言葉が多いのではないかと推測できるが、ともあれこれらの言葉群の本来の意味をあたらめて調べなおしてみるのは、それほど無駄な作業ではないように思う。

わび・さび、もののあわれ、寄り添う、もったいない、初心、切ない(せつない)、前向き、風雲児、世間体、善処、和(わ)、禅(ぜん)、いき(粋)、宜しく(よろしく)、侍(さむらい)、先輩、お疲れ、改善、津波、万歳、悟り、ほうれんそう(報告・連絡・相談)、そして「オノマトペ」全般などがなんとなく頭に浮かぶ。

注1)美味しさを表す言葉は『ふわとろ』(B・M・FTことばラボ、株式会社B・M・FT出版部、2016年)を参考にさせていただいた。なぜその言葉が美味しさを表現するようになったのかを多角的に調査した好著。