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60歳からの無借金経営と健康問題

定年後に、自分の趣味や好きなことに没頭するのも悪くはないが、すぐに飽きるだろう。あなたが他人から必要とされている、という実感がそこに発生しないからだ。他人から見た時に、あなたの居場所や存在意義が第三者の中に存在していない状態は、必ずあなた自身を蝕むことになる。必要とされているという実感を持つためには仕事をするのが一番いい。ボランティア活動に精を出すのもダメだ。少額で構わないので金銭のやりとりとそれに伴う軽いストレス(適度な緊張感)がある状態が良い。それがあなた自身の健康につながるはずである。

取引先担当者やかつての先輩が続々とビジネスシーンから退場しようとしている。言わずと知れた“定年”である。

筆者の周りにいる人たちは、企業年金制度(確定拠出年金+確定給付企業年金+厚生年金基金)に恵まれている勤務先だったり、本格的な制度破綻を免れている世代ということもあり、退職後も月額30万円前後の給付を受ける人が多いようだ。住宅ローンも完済しているので、仕事に対する執着は非常に少なく、むしろ満員電車を始めとする様々なしがらみから解放され、やっと好きなことに没頭できるという安堵感と、今後の展開に対する漠然とした期待に溢れている人が非常に多い。

いまだにそんな人がそこそこいる、ということ自体が筆者にとっては新鮮な驚きだが、実態は案外そんなものなのかもしれない。

やっと好きなことができると思っている人たちに会社を作らせるのは、至難の技だ。彼らにとっては、起業など面倒なだけである。ただし、たった一つだけ彼らが間違いなく高い関心を持つものがある。それは自分自身の健康である。従って、起業すると寿命が延びるという説得を展開すると間違いなく耳を傾けてくれる。

かつて書店があった場所は大半がドラッグストアかコンビニに変わってしまったことに気がついている人も多いだろう。ビジネス書や自己啓発本、雑誌などを乱読し、出版業界を無駄に肥大化させる要因にもなった団塊世代の関心が、自分自身の健康問題にシフトしたことを如実に示していると言っていい。

特に男性の50代後半はガン年齢と言われていることに加え、そうでなくても明確な体力の衰えを感じるはずなので、自分の健康問題が重要になるのは当たり前といえば当たり前でもある。

人は誰もが老いるに従い、生に対する執着を強くする。「太く短く生きるのだ」と豪語していた連中のほうが、むしろ自分の延命策を必死で考える傾向が強いように思う。長生きなどしたくない、と本気で思っている人間は少ない。そして、定年前後からの起業は、売上を上げるためでもなく、いわんや社会や地域への貢献でもなく、もっぱら自分自身を健康な状態に保つためにこそ必要なのだ。なぜ定年後起業は健康にいいのだろうか。

テレビがよく話題にする中小・零細企業の後継者不足問題は、実体を反映していない。大半の経営者は、自分の事業を継続させたいなどと思っていない。むしろ、可能なら清算したいと考えていることが多いので、本当に望まれているノウハウは、第三者への事業譲渡の方法なのだ。

しかし、譲渡したくとも買い手がいない、というのが実情だろう。例えば、零細企業の清算時には、借り入れなどの一括返済が必要になるはずだが、社長個人が債務保証しているケースが圧倒的に多い。親父の借金をそのまま承継しても構わないと考える子息は、さほど多くないだろうし、そのような会社は事業譲渡自体が困難(売値がつかない)なので、結局細々と、そして消極的に経営を続けざるを得ないということになる。厳しい言い方をすれば、承継したくなるような会社にできなかった社長の力不足が後継者不足という形で表出しているだけ、と見るべきだろう。

定年後起業の最大のメリットは、こういう苦労をしなくていいことにある。個人事務所に近い法人(合同会社なども検討に値する)になるはずなので、キャッシュはそこそこある上に固定費がほとんどないので、借入の必要もないし、何と言っても“清算を前提にした2~30年近い長期的計画”を作れるところが最大の魅力だ。

四半期毎の売り上げの乱高下に対して上にへつらい、下を叱咤していた時期に比べれば、これはもう極楽である。しかしそれ以上に重要な健康の秘訣なるものがあるとすれば、それはおそらく“締切(〆切)”の存在である。

小学生の時の夏休みの宿題を思い出してみよう。国語の宿題が、何冊かの推薦図書から一冊を選びその読書感想文を書きなさい、という制約だらけのもので、理科の宿題は、なんでもいいから自由に研究しなさい、だったとする。前者が圧倒的に簡単だったことをご記憶の方も多いであろう。

厳しい制約があるほうがむしろ楽なのだ。制約は生活にリズムを取り入れるための機能として振る舞うのである。制約をデザインするときの要素の一つとして必ず顔を出すのが“〆切”、仕事言葉に変換すれば納期、ということになる。この納期の存在が健康に良いのである。

納期が決まっていないものを仕事として認識するのは困難だ。いつまでに、という〆切があるからこそ張り合いが出るのである。その張り合いが出た状態こそが健康に良いのであり、また自分の居場所・存在意義を明確に意識できる瞬間になる(趣味に没頭している状態で自分自身の承認欲求を満たすのは容易ではない)。

納期はフィーとセットになってこそきちんとした仕事として自分自身が認識できる。金額の多寡はどうでも良い。フィーが発生しているという状態にこそ価値がある。あなたが仮にラーメン屋さんを開業するのであれば、それは5~10分程度の締切時間の間に目の前の顧客にラーメンを届けること、それ自体が納期に他ならない。ラーメン屋さんだろうとコンサルティング業だろうと本質的には同じだ。〆切は案件の数だけ発生する。そしてそれは下手(?)をすると死ぬまで続く契約になるかもしれない。その契約の時々に(通常は月に1回)発生する〆切が本人の延命策になるのである。

企業で最も長期的な展望を持っているのは新入社員だという。これから下手をすると数十年付き合うことになる相手なのだから、長期的視野を持たざるをえないのは当然だろう。しかし、地位が少しづつ上がっていくと、遠い将来を俯瞰していたはずのその視線はどんどん足元に迫ってくることになる。そして最終的には四半期毎の売上に血眼になる。

しかし、定年になればこれが一旦リセットされる。そして数十年前の新入社員だったあなた自身がそうであったように、改めて(自分が作った会社の)長期的展望を好きなように描くことができる。そう、今回は好きなように長期的展望と希望的観測を勝手に作れるのだ。これが健康に悪いわけがない。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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