99

働き方改革を実現する唯一の方法

自分には会社を作る能力などない、と卑下する必要はない。大した才能のない凡人でも会社は経営できる。固定費を限りなくゼロに近づけることができれば、大した売上がなくとも会社が潰れる事はない。贅沢はできないかもしれないが、自分の好きなことや得意なことに専念するような働き方をしてさえいれば、少ないかもしれないが顧客はそのうちついてくるだろうし、長いこと生きていれば2~3回程度はビッグチャンスが訪れるはずだ(それがビッグチャンスだと気がつくかどうかが、勝負の分かれ目だったりはするのだが)。

AさんがB社に入社した(=社員になった)とは、AさんとB社が雇用契約を結んだということに他ならない。この時、B社はAさんに業務委託をしたとみなせる。何らかの業務の遂行に対して報酬を提供する約束である。

Aさんがそれまで学生だったとすると、何の経験もない素人に業務委託しようとするB社は相当な太っ腹だ。近い将来回収できるだろう、という希薄な根拠に基づく博打である。そして、ここが最初のボタンの掛け違いになっている。

また、Aさんから見たB社は単なる“顧客の1社”に過ぎないにもかかわらず、AさんもB社もこの事実を正しく認識できない。B社はAさんに対して「他の会社から売上はあげないでくれ。ウチとだけ心中してくれ」と懇願しているように見えるし、Aさんも自分に与えられる給与がB社からの売上であるということが正しく認識できないので、雇用契約と業務委託が“本質的には同じ”であるという重要なポイントをお互いに見過ごしてしまう。

会社は個人の生活を保証する機関でもなければ制度でもないにもかかわらず、雇用契約が生活を保証する制度だと勘違いしている人は多い。単なる業務委託なのだ。そもそも会社というものは、売上を上げながら法人格を維持するための便宜的な装置に過ぎない。

我々のような零細事業者が、ある特定の会社と30年近い期間の業務委託契約を締結するようなことは絶対にない(通常、長くても1年契約である)。発注者がそんな長期間の発注を保証できるわけがないし、受注者である我々もそんな長期間その業務をこなせる見通しなど立たないのが普通だ。

ところが驚くべきことに「正社員としての雇用」とはド素人に対する30年近い業務委託契約なのだ。いまだに見合い結婚みたいなことをやっているのが新卒採用だと言えよう。これが妙な共同幻想だったことに気がつき始めた経営者(=発注者)が「副業の推奨」だの「早期退職推進プログラム」といった微妙な提案を持ちかけ始めてきた、というのが実情だ。

売上が毎年少しずつでも右肩上がりであれば、本来利害が一致しないはずの労使が協調できて、共同幻想を覆い隠してくれる。逆に景気が悪くなれば、長期間を前提とした業務委託契約が幻想であったことが露呈し、様々な問題が発生する。したがって今、「働き方」が問題なのだとしたら、それは雇用という契約形態自体が破綻しているのだ、と考えるべきなのだ。雇用という状態や契約が異常な事態なのだ、という前提に立つと、難航が予想される「働き方改革」におけるすべての問題を解決させるヒントが見えてくる。

発注者は、受注者がそれを何時間かけて納品したかを考慮しない。全ては契約書だけの問題であり、納品物に必要なのは品質と締切りだけであって、そのために費やした時間を問題にすることはないので、長時間残業という概念自体が存在しない。従って長時間残業問題はクリアできる(そもそも「時給」という考え方が根本的におかしい)。

また、どういう働き方をするかは受注者の自己責任であって、発注者には何の責任もない。従って「過労死」という問題は発生しない。単なる自己責任である。同一労働が同一賃金かどうかは当事者間で納得すればいいだけの話しであって、わざわざ政府が介入すべき問題ではない。

いずれにしても、当事者同士が雇用関係になければ、管理監督責任なるものは存在しない。すべては契約の問題だけになる。一般に、契約は法律に優先してしまうので、この契約に関連して国がある種の制度設計を行う必要はあるだろう。例えば受注者には発注金額の20%の進行管理費を(消費税とは別に)請求する義務、発注者はそれを支払う義務がある、というようなものが考えられる。

ともあれ、極論すれば、雇用契約なるものは違法であり、人間はある年齢に達したら法人を設立する義務がある、ということにしてしまえば、すべての問題は解決する。ただ、誰もがこれは非現実的な強者の論理だと感じるだろう。

ここで松下幸之助が言うところの「社員稼業」という言葉が思い浮かぶ。

この「社員稼業」とは、あなたが単なる社員であっても、自分に任せられた仕事においては責任ある経営者だ、という考え方だ。“社員という稼業”の経営主体としての自分、という意識を持って仕事に臨めば、自分が雇われの身であり人に使われる立場に過ぎない、という間違った考えが吹き飛び、仕事が面白くなり人生に前向きになれる、ということらしい。

松下翁に言われるまでもなく、そもそも私たちは自分の人生について自分に100%の裁量権がある。自分自身の経営者でもある自分が、学校を卒業して、さてどうしようと考えた上で、ある会社に入社しようと決断するのは、自分という経営者が自分自身に対して発令した人事に過ぎない。誰かに強制されているわけではない。

社員稼業の弱点は、それが単なる考え方・気持ちの持ちようでしかない、というところにある。個人にとっては、その社員稼業という考え方が報酬(売上)とどう連動するのかまで指し示してくれないと納得しにくい。そして、それを名実ともに実践してみることが起業にほかならない。

ランサーズの「フリーランス実態調査2016」 によれば、日本における広義のフリーランスは1064万人で、それらは下記の4種類に分けることができるという。

1)雇用されているが副業ができる人(416万人)
2)2社以上の企業と契約ベースで働いている人(269万人)
3)いわゆるフリーエージェント(69万人)
4)個人事業主に近い経営を行う法人経営者(310万人)

総務省の「労働力調査」によると就業者数は6466万人なので、ざっくりと言えば6人に1人くらいはフリーランス、もしくはそれに近い就業形態ということになる。米国(35%)などに比べればかなり少ない比率ではあるが、それでも1000万人近い人が「社員稼業」を起業という形で実践している、とみなせる。42/54は、4)に近い経営形態を強く推していると考えていただいてよい。

個人の能力が正規分布しているとすると、このフリーランス1000万人の中で飛び抜けて優秀な人、というのはおそらく10%程度だろう。その他の人は、ごく普通の人か、能力的には劣ると思われている人、ということになる。つまりこのデータは、そういう人でも起業はさほど難しくないことを表しているとも考えられる。

起業にあたって重要なのが自身の能力開発であり、それが売上に直結するのだという自己啓発系の書籍が大量に出版されているが、その大半が嘘なのである。経営のキモは、固定費をいかにゼロに近づけるかという一点に尽きる。

固定費がゼロとみなせれば、凡人でも会社を潰すようなことはない。債務(融資)と家賃と従業員がゼロなら、むしろ法人格を潰そうとするのは難しいとさえ言えるだろう。起業時には、債務と従業員は状況を見てコントロールできる対象なので、残る課題は家賃だけ、ということになる。

ここに至って、働き方改革のためには、雇用という制度を廃止し、起業を義務として、家賃をゼロにすればいい、ということになる。したがって不動産業界と建築業界に泣いていただければ、働き方改革はあっという間に実現するのである。

通常、衣食住に占めるコストで桁違いに大きいのが「住」であることに異論のある人はいないだろう。近年エンゲル係数が上昇しているとNHKが報じていたが、食費の上昇など家賃に比べれば誤差の範囲である。

そもそも食費には胃袋という物理的な制約があるので、これを青天井にするのは困難でもあり健康的でもない。むしろ食に関連した最大の問題は食品の廃棄だろう。農水省の調査によれば、私たちは年間食べる量(800万トン)とほぼ同じ量の食物を廃棄している(「食品ロス削減に向けて」)。衣料について言えば、清潔にして、他人に迷惑をかけなければ良いだけなので、そもそもカネのかけようがない(個人的に関心がないだけなのだが)。

しかし「住」は違う。住だけは会社の経営に大きく関係してくる。自宅を事務所にするにしても、その自宅が住宅ローンを組んでいたら、前述の「融資と家賃」をセットで負担している状態からのスタートなので、会社経営のハードルは高くなる。自宅のローンが完済していても、別にオフィスを借りるとしたら、それが月額50万円か5万円かで零細企業の経営状況が桁違いに変わるのはご理解いただけると思う。

「求める職務内容を明確にして公平に評価せよ」「IT活用で職住近接の環境を整えろ」「企業は成長分野に資源を集中せよ」「働き手の能力開発に取り組め」「労働生産性を5年で世界トップクラスに引き上げよ」「評価は成果に基づくことで年功序列や長時間労働の根を断て」「転職・再就職の市場を拡充せよ」「労使のニーズにあった職業訓練を提供せよ」「長期雇用の良さを保ちつつ、退出ルールを明確にせよ」「勤労意欲を削がない税制にせよ」「社会保障制度を再構築せよ」「長時間労働など違法性のある企業の監視を徹底せよ」

以上、日本経済新聞2017年2月25日の朝刊に掲載されていた、有識者による働き方改革のための提言である。ひとつひとつにいちいち反論しないが、あまりに鼻白む内容で唖然とするしかない。これらの大半は、単なるトートロジー(働き方を変えれば働き方は変わる)または目指したい目的に過ぎない。それができないから困っているのではないのだろうか。

筆者は格段の有識者ではないし、日経から原稿を求められているわけでもないが、提言するとすればただ一つだけだ。最大のコスト要因である土地の大半を国有化せよ、である(これはこれで様々な副作用がありそうだが)。このような荒唐無稽な荒療治でも行わない限り、日本人の働き方が大きく変わることはないだろう。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
Amazonで購入するKindle版を購入する