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ダメな人の気持ちや行動が分かりますか?

起業するにしても雇われるにしても何にしても、組織やチームの一員となるときに最も重要なスキルは、「ダメな人の気持ちや行動が分かる」に尽きると思う。これは、年齢やポジションに関係なく、部下であるならば上司のダメなところが分かる、上司であれば部下のダメなところが分かる、そしてその人達はダメ故にどう行動するかが予測できる、というように「ダメ人間」にどれだけ理解があるか、という話なのだ。

「ダメな人の気持ちや行動が分かりますか?」と問われると、「ダメ人間のことなんて分かんないよ。オレ、ダメじゃないつもりだし」なんて思われるかも知れないが、それが一番ダメな反応であり、組織やプロジェクトのボトルネックになりうるダメ人間の行動を察知できない人にマネジメントは不可能だ。

「ダメ」とは、どういうことなのかを整理しておくと、まず「能力的に全く仕事ができない状態」ではない、という点に留意しておきたい。それなりに能力があるのに物事への反応や行動が「調子悪い」(体調ではなくて)のだ。そして、その調子悪さに無自覚であり、チームのパフォーマンスを維持するには資しているかもしれないが、それを向上させることにはブレーキとして作用しているにもかかわらず、自分は超優秀ではないもののそれなりに優秀だと思っている場合がほとんどだ。

それでは、ダメ人間の気持ちが手に取るように分かるためには、何が必要なのかちょっと考えてみよう。

第一に「自分がダメであることに自覚的である」ということが言えるだろう。誰しもダメな面はあるものだが、それに自覚的であるかどうか、という点が重要だ。自分の個性だの流儀だのなどと思い込んでいるようでは危うい。自分のダメが分かるからこそ、他人もダメなはず、だったらこうリアクションするのではないか、と想定できる。想定と実際のリアクションのギャップで、相手のダメさ加減をもろもろ判断することができる。

例えば、中年起業したオッサンに多いのが、自分が組織の一員としてやってきたことに自信満々過ぎる、ということが挙げられる。部下がいたからこその仕事が多かったはずだし、組織の後ろ盾あっての仕事だったことを忘れがちなのだ。自分のダメを部下や組織が隠ぺいしてくれていたのである。そこに自覚的でない、というケースは多い。

第二に、ある程度の規模の企業や組織で「上手くやっている人」が上手くやるためのポイントだと思っていることは、たいていダメである、ということに気付けるかどうかである。いい歳になれば、その流儀や行動、あるいは会社独特の企業文化や社員気質みたいなものがけっこう染みついているはずだ。しかし、それらに無自覚であるが故に無意識に発言や行動にそれらに起因するダメさが出てしまう。これがダメ人間ぶりをさらに加速させる。この手のダメを引きずっている人は、初対面で判断できることが望ましい。そういう人だと割り切ってその後の付き合い方を考えるのが安全だ。

例としては、大きな組織での仕事のしかたを変えられない、ということが挙げられる。自分で考えず、自分で品質を向上させる努力をせず、「外部のベンチマークに頼る」「専門家の手を借りたがる」というような仕事の進め方だ。

外部のベンチマークについては、「No.92 品質質基準は自らの内に置く」を参照していただくとして、専門家の手を借りるにはコスト(会社持ちではなくて自腹となる)も時間もかかる上に、その専門家が本当に信頼できるのか、という観点からの検証(これは大きな会社なら会社が実施済みだ)も必要となる。もちろん、クリティカルな場合などで必要に応じて専門家に頼るべき局面はあるだろう。しかし、中年起業したオッサンは、もっといろいろなことを自分でこなさなければ進まないのだ。

第三に、チーム内でそれなりに役割を果たし、自分の役割範囲で創意工夫し、多少なりとも付加価値を出す気があるかどうか、ということについて、初対面あるいは2回目の打ち合わせくらいで判断できる、ということが求められる。前述の第二のダメにも相通じるが、「自分で考えない人、判断をしない人」というのを早い段階で見極められること、場合によっては参画をご遠慮いただくことが重要だ。この手のダメは、なんとなくもっともらしいことを言うので構想段階などでは話が盛り上がったりして露見しにくいが、具体的な判断を要する段階になった瞬間に「決めてもらえれば、すぐやります」などと言い出すので即座に分かるものだ。

例えば、要求仕様に対する具体的なアウトプットを出してもらうとしよう。要求仕様を出す側にそれなりの基準があれば、アウトプットが出てきた瞬間にすべてが分かってしまう。この「要求仕様を出す側にそれなりの基準がある」ことがポイントであり、ダメな人の場合、出てきたものが期待以上、ということはまずない。

世の中にダメ人間は、必ず一定数は存在する。むしろ多数派である。そして「イケてるつもりの人」は、ダメな人の気持ちや行動が分からないので、実際にはダメであってイケてないのである。

ダメ人間の気持ちや行動のポイントは前述したようにいくつかあるが、実は、そこに共通する最大の特徴は「現状が大して良くもないのに、自分は何も変えたくないし、自分では考えたくない」(他人に対しては平気で要求する)という点にある。

これは、日本全体を覆っているような気がしないでもない。既得権を必要以上に大事にする傾向があるのだ。それは「この既得権は自分にはラッキー過ぎる」という自覚があるからだろう。これは、大多数のサラリーマンにも言えることであって、給料が安いなどと愚痴りつつ、本心では給料をもらい過ぎだと気付いているのに近い。

ダメ人間を理解するために、前述の三つの観点からまずは自分がダメなところを列挙してみよう。方法は簡単だ。「これ、やりたくないな」と思うことが、本来の目的(これが見えていることは最重要だが)としてやるべきことであれば、それは自分のダメな一面を示しているのだ。そして、列挙したダメの数々のエッセンスを考えたとき、ダメな他人がどう動くか、ということが容易に想像できるようになるだろう。

・本来の目的を見失って目先を追いかける
・自分がやるべきことを避け、他人になんとかさせようとする
・やる、やらない、あるいはどうやるか、について自分で決めない
・やらないためには、時にやる以上に多大な労力をかける

このようなダメな人の気持ちや行動が手に取るように分かる、という状態になれば、世の中で発生する事象の大体のことは予測できる。プロジェクト管理などをやると、ほぼ想定したところで問題が発生する(それを事前に抑え込むには予算や人事の裁量が不可欠なので、請負仕事の立場では対応できない部分もあり、事前の助言とあとはひたすら「弾除け」になるのが現実、という側面はあるが)。

イケてるつもりで前向きに取り組んでいるという状況自体が、変化を拒んでいるという観点ではダメであり、さらにその前向き感をアピールしたくて仕方がないという心理はもっとダメである、ということも言える。アピールしようとする相手さえも、多くの場合ダメなのだ。

インターネットは、ダメの実例に溢れた格好の教材の一つだ。リアルなプロジェクトのダメはそれはそれで大変だが、インターネットのダメは外から眺めていられる。ダメな人のコメントやレスはほぼすべてが想定範囲内にある(「No.91 ダメなコミュニケーションとは?」参照)。自分の「ダメかもしれないコメント」を投稿するのをちょっと思いとどまって、他人のコメントを良く読んでみると、ダメな人のコミュニケーションからダメのエッセンスが見えてくる。

一方で、ごくまれに「想定を超えるダメ」ってものに遭遇する。これはむしろ「得難い個性」、あるいは「わざとやっている思考実験の類」と捉えるべきではないかと思うが、当然、相手にしてはいけないのでスルーである。もっとも、冒頭に「(自分のダメぶりを)個性だの流儀だのなどと思い込んでいるようでは危うい」と書いたが、「想定を超えるダメ」な内容について本人が本当にそう思い込んでいるのだとしたら、それはもう救いがたいのではあるが。

若いうちやサラリーマンの頃には見えていなかった「ダメ」が、定年近くになって起業するような立場になれば、それを意識しているかどうかは別として見えているはずだ。ダメが分かるということは、意外に大きな武器となるのだ。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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