ビジネスやIT(情報通信)の世界では、次から次と英文字3文字の短縮語が跳梁跋扈し続けることになっている。「SNS(Social Networking Service)」だの、「CRM(Customer Relationship Management)」だの、といったアレである。
最近ようやく市民権(?)を得たものの一つが、「IoT(Internet of Things)」だろうか。リンク先(「ワイパーの稼働状況も集めればビジネスになる」 村井純氏)は実に2001年の記事だが、当時、WIDEの村井氏が「クルマのワイパーは情報を集めるためのセンサーになる」という発想をこの時すでに披露している。
今頃になって大騒ぎしているIoTの先駆けに他ならないのだが、欧米発の言葉でないとそれをありがたく受け止めることができない屈折した国民性を堅持し続ける日本人は、そのバズワードで既に大儲けしたガイジンが「コレカラハ、アイオーティーデース」と高らかに宣言した後に、ようやくコトの重要性に気がつく、ということになっている。当然、その3文字で大儲けしている人が出尽くした後なので、テクノロジーからビジネスモデルまででき上がってしまったプラットフォームのユーザー企業になり下がるか、またはかなりセコい局所的なサービスの開発に終始することになる。
この英文字3文字の短縮語は、尽きることのない古典芸能のようなもので、「Alphabet Soup of Abbreviations(アブリビエイション:略語)」という。フルコースがスープから始まるのはご存知のとおりだ。で、スープがテーブルに届いた。食べ終わった。さて次は何が運ばれてくるのだろう、と待ち構えていたら、次もスープだった。で、その次も、その次も、、、ということで、延々とスープしか出てこない、いつまでたってもメインディッシュにありつけない料理(そんな料理は実在しないが)を揶揄した言葉である。
IT業界のアルファベットスープなんぞまだ可愛いもので、経営の話になってくると「これこそが本命だ!」と断言した“理論もどき”が次から次と繰り出される。ちなみに最近流行の経営系バズワードは“ティール組織”だ(当然、覚える必要はない)。しかし、歴史を振り返ってみると、そのほとんどが単なるキャンペーンに過ぎなかったことがわかる。
日本の流行語大賞同様、その年には面白おかしく楽しめるが、翌年になるともはやどうでもいい言葉になってしまう。筆者の仕事は、このようなどうでもいい言葉を過剰に持ち上げて荒稼ぎしようとする(できてないけど)ところにあるわけで、忸怩たる思いがまったくないと言えばウソになる。
流行語大賞は笑い飛ばせばいいだけの軽さが救いだが、このアルファベットスープや経営理論系のビジネス用語は、流行らせようとしている本人が恐ろしく真剣なだけに貧乏くさい。しかし、例えば「OSI(Open Systems Interconnection)」は、「俺、そんなこと言ったっけ?」の略だ、としたところでビジネス上の支障は全くないのでご安心くださいませ、というか英文字3文字を真面目に覚えようとした時点で既にあなたの負けなのである。そんなことする暇があるなら、類語辞典を開くか(ラジオの)放送大学を聴くべきだ。
最近、人工知能に関連して流行の兆しを見せつつあり、かつさっさと廃れそうな3文字が「RPA (Robotic Process Automation)」だ。工場でロボットが活躍するのであれば、オフィスでもロボットは役に立つはず。ただしこのロボットはソフトウエアであり、当然バックエンドには、AI の一部であるところの機械学習を代表とするアルゴリズムが作業をこなしてくれる、というシステムのことを指す。定型化された事務作業はこのソフトウエアロボットに任せてみてはいかがでしょう、という提案だ。またRPAとは「Digital Labor」のことでもあるらしいので、最初から暗雲が垂れ込めている気配に満ちた3文字である。
株式会社イーセクターという会社が、このDigital laborの利点を人間との比較で挙げていたのが下記である。半分ふざけながら書いていると思われる様子が滲み出ていて、企業のウエブサイトらしくない面白さがある(注1)。
<Digital laborの利点>
とにかく仕事が速い、操作が正確、休憩不要、有給休暇不要、残業・部署異動・業務変更可能、労働組合不要、遅刻・早退なし、不平不満なし、パワハラ・セクハラ問題なし、社内恋愛しない、中元・歳暮・年賀状不要、敬語・根回し不要、給与・ボーナス・退職金不要、昇進・昇格不要、時間外手当不要、通勤手当・家族手当不要、社会保険・厚生年金不要、指導・業績査定不要、報告・連絡・相談不要、社員旅行・福利厚生不要、コミュニケーション不要、無駄口ゼロ、飲食・つきあい不要、、、。
裏を返すと、正社員なるものはこれら全部を要求する、ということだ。採用など躊躇するのが普通だろう。ヒトは、そもそも労働生産性の議論の対象になるような代物ではないことがわかると同時に、私たちの“働く”という行為の大半はどうやら生産のためではないらしい、と考えるほうが素直である。
労働生産性と強い因果関係があるのはヒトそのものではなく、ビジネスモデル、機械や装置、道具、システムや制度、特許、キャッシュフロー、マーケティング、マーチャンダイズ、ブランド、あるいは文化などであろう。つまり、労働生産性を議論したい場合は、会社を構成する資本からヒトを差っ引いて考えるほうが無難なのだ。
どうしてもヒトを入れたいのであれば、取締役会の構成メンバー、またはその代表者(代表取締役社長)のみがその対象であって、決して従業員ではない。低い労働生産性の戦犯であるところの社長が経済誌のインタビューなどで「我が社は○○○で従業員の労働生産性を云々、、、」などと語っているのを読むと無性に腹が立つ。まずはそういうお前が退場せよ、であろう。
日本語の「人工知能」という言葉の最大の弱点は、知性(intelligence)を知能(brain)と言い換えてしまったところにある。「能=脳」となった途端に、自分の脳が直接何か別の理由で脅かされる恐怖感が襲ってくる。しかし、本来、恐怖感を感じるべきは、AIに対してではなく(産業革命以降、特にコンピュータの出現後に始まった)「自動化(automation)」という現象、あるいはそれを実現する技術に対してである。さらに、自動化の恐怖は、「利便性という快楽」とパッケージになって、私たちの身体に既に何十年も前から侵入してきていること(あるいは筆者も含めそれを許容してきたこと)なのだ。自動化と利便性という二つの事実に対して自覚的でなければならない。
加えて言えば、当面のDigital laborの最大のメリットは、業務の効率化や生産性の向上にはない。作業しなくて良い時間の増加、すなわち「何だかぼやっといろんなことを考える時間」の創出なのである。もっと簡単に言えば、AIの最も良いところは、無駄なことを考える時間を供出してくれることにある。
論理的な処理や統計的な演算は、ぜーんぶAIに任せたとすると、人間は感情的な作業や行為に長時間没頭できる。感情的な作業とは「泣いたり、笑ったり、怒ったり、悩んだり」というものだが、私たちがこのような感情を現わす時に根拠にしているのが“常識(common sense)”というものだ。常識からのズレや意外性などから、様々な感情が身体知とセットになって創出されている。AIの最大の弱点は、この“常識”なるものを全く理解できないところにある。
何しろ常識というのは、状況に応じて変化してしまう価値だ。以前、表参道(原宿)の歩道を前をきちんと見ることなくぼんやり歩いていた時に、こちらに向かって歩いてくる同じように前をきちんと見ていなかった気配が濃厚な老齢の女性と正面衝突したことがある。筆者は、とっさにその女性を両腕で優しく、しかし確実に抱きかかえた。要するに正面から羽交い締めにした。倒れるとマズいことになる、と瞬時に判断したのだ。もしも若い女性に対して同じ行為に及んだとしたら筆者は10分後くらいに逮捕されていただろうし、男性であればまた違った展開になったはずである。これもまた常識が状況に依存する、ということのサンプルと言えるかもしれない。
ともあれ、考える時間がたっぷりできる時に、不合理な制約条件が多すぎる雇用という枠の中であれこれ働き方を考えるのは何とももったいない。自分だったらどんな会社が作れて、どんな働き方ができるのだろう、という方向に想いを馳せたほうが健康的だ。自動化がデジタルのスピードで迫って来ると自分の会社を作るやつが増える、というのはまんざらウソでもなさそうな気がする。
注1)
企業のいわゆる「コーポレートサイト」は、特に上場企業の場合、様々な制約からメディア的な(コンテンツの)面白さを演出するのは至難の技である。特に昨今は、企業の社会的責任や環境への配慮のような“本当は興味のないこと”についても言及せざるを得ないので、社長の挨拶も天下国家や人類の幸せを語る全く無意味で茫洋としたものになることが多い。逆に未上場の会社は、結構好き勝手なことが書けるので、たまに面白いコンテンツに遭遇することがある。あなたが起業して会社のサイトを作る時に、最もやってはいけないのは大企業のマネであり、やるべきことは自分の専門性を活かしたネタのネット上への提供だ。正直な告白こそが最大の戦略になるだろう(中年起業時に作るべきホームページについては、いろいろとアイデアがあるので別途まとめて公開する予定。自分自身はやってないことだらけなのだが)。
- 書名
- 会社をつくれば自由になれる
- 出版社
- インプレス/ミシマ社
- 著者名
- 竹田茂
- 単行本
- 232ページ
- 価格
- 1,600円(+税)
- ISBN
- 4295003026
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