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「恒例行事」をどんどんそぎ落としていく

今年は、「ボジョレヌーヴォー」と「ひやおろし」を買うのをやめた。新酒とその季節を味わうという悪くない趣向ではあれど、残念ながらまったくどうでも良くなってしまった。時間も肝臓のキャパも限られているし、今、飲むべき酒は別にあるのだ。この手の恒例モノをそぎ落としていくことは、意外に大事なことかもしれない。

別のところで2017年12月にこんなこと(「恒例化社会(笑)」)を書いているのだけれど、これに拍車がかかってきた。特に年を取ってくると、恒例行事を追いかけているうちに1年が終わってしまうようになるのを実感する。

恒例行事というのは、花見や忘年会といった季節の宴会の類、命日やお彼岸の墓参り、「●●会」といった傷の舐め合い系の集まり、周年記念パーティー、同窓会、定期的な健康診断、夏休みには毎年●●温泉に行くなどなど。とにかくこういった毎年の恒例モノに振り回されるのはもうやめたのだ。

そして今年、新たにやめたのは、「ボジョレヌーヴォー」と「ひやおろし」。新酒とその季節を味わうという悪くない趣向ではあれど、残念ながらまったくどうでも良くなってしまった。時間も肝臓のキャパも限られているし、今、飲むべき酒は別にあるのだ。

土用の丑の日に鰻を食うなどに至っては、もう論外だ。そんなことにわざわざ割り振る時間はないし、鰻なんてものは食いたいときに食えばよい。鮎の解禁日に釣りに行く、山開きの日に山に登る、海開きの日に海水浴などなど、冷静に考えると多くは何かの都合でそうなっているだけで、何もその日に行く必要はない。

富士山初冠雪、というのも、一時期は気になっていたけれど、下らない定義(山梨の気象台からの目視チェックを以てオフィシャルなものとする。静岡側から見えても無視)に呆れて以来、まったく気にならなくなった。自分が見たときに白かったら、それで良い。

以前は、桜の季節は落ち着かなかったものだが(一人で気に入った場所の桜を見るだけだったが)、最近はそういうことはなくなって、まったく「のどけからまし」だ。

自分の誕生日や結婚記念日など、いわゆる記念日系もすべて忘れたことにしている。子供の誕生日くらいは覚えておくようにしているが。

親の命日やお彼岸に墓参りに行く、という行為もまったくその気になれない。20年くらい前に両親が立て続けに亡くなって以来、何かのついでに墓参りに行くことはなくはないものの(夏競馬のついでになどw)、いわゆる法事などというものは一度もしたことがない。そもそも生きていれば、覚えなければならない命日は増える一方だ。お彼岸だって年に2回もある。

毎年やっているという意味では競馬もそうではあれど、これはちょっと例外だ。それは、自分とは非同期にスケジュール通りに季節感を伴って勝手に進んでいくので、ネットで買いたいレースの馬券だけを買えば良いからだ。今年もダービーだなぁ、などと思うことはあるけれど、ダービーだからといって何をするわけでもなく、単に普段通りに馬券を買うだけだ。一時期、青葉賞と毎日王冠は東京競馬場で観る、年末の大井競馬に行く、ということを毎年繰り返していたけれど、競馬場からは遠いところに引っ越した、それによってその日は他の予定が入れられなくなる、といった理由でそれらはもうやめた。

冒頭でも書いているけれど、恒例行事に振り回されているうちにあっという間に1年経過、というのが高齢化の大きな側面だと思う。油断していると、月日とともに恒例モノがどんどん増えていく一方だ。そうでなくても、あっという間に1年なんだから、もうこれまでに何回も体験していることを繰り返す気にはならない、ということも言える。

もちろん、仕事には継続性ということが重要であり、繰り返し同じことをするからこそ金が回る、という側面はある。そういう継続があっての恒例のそぎ落とし、でもある。

例えば、二十四節気なんてものには、その時期が来たら何をするとよい、といった地域ならではの知恵(ローカルナレッジ)が隠されているとも思うけれど、土地によってそれは異なるだろうし、既にしてそれに従っていることでリスク回避になるような仕事や生き方をしているわけでもない。農業を営んでいるような方には、大変申し訳ない言い方になっているかもしれないけれど、、、。

そうはいっても、会社の決算、確定申告、車検や定期点検、賃貸契約の更新、定期的な納品業務など、社会的な恒例行事はなくなりはしないのだが、この手の必要に迫られての受け身の話と、能動的に自分は毎年これをやることにしている、という話はちょっと違っていて、後者の能動的なもの(往々にして惰性だったりするし、それによって失っているものがけっこう大きかったりもする)をどんどんそぎ落として、別の何か面白そうなこと、あるいは本来やるべきであろうことに時間と体力を使おうよ、という話。

そういう意味では、引っ越しをする、やったことがないことをする、行ったことのない所に行く、というようなことが意外に大事だったりするのだと思う。いわゆる「断捨離」はモノに限らない、ということではないだろうか?

 

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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