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形式は内容に優先する

形式は内容に優先する。このテーゼは、メディアの作り方に限らず、あらゆる事業に有効であり、現在の「テレワーク(リモートワーク)」などにも適用できることを説明する。

書籍と電子書籍は比較することに意味がない

「電子書籍を読む」とは「フローティングするドットをスクロールさせながら視覚的に確認する」行為(形式)であり、「読書」とは「紙という特殊な物性を持つ物質の上に『定着』したインクの滲みを確認する」行為(形式)である。形式が違うので、比較することにはあまり意味がない。

漫画を例にすると、もっと分かりやすいかもしれない。日本の漫画の最大の特徴は、極めて精緻なコマ割り、という形式にある。一方、韓国発のウェブトゥーン (Webtoon)は、スマホに最適化された縦長のストリップという「形式」にその特徴がある。クールジャパンがさっぱり盛り上がらないのは、内容そのものを売り込もうとしているからで、ユーザーが切望しているのは斬新な形式であることを忘れると痛い目に遭う。

一方、放送業界には「フォーマット売り」という手堅い商売がある。これは、視聴率が取れるバラエティ番組などのシナリオ(ストーリー)そのものを販売する。出演者やMCが変わってもシナリオが一緒であれば、それなりの視聴率が稼げるので、形式そのものが商売になる。形式こそがコンテンツである、という好例と言えるだろう。


形から入るのがテレワークの基本

巷間で言うところの「テレワーク・セキュリティ」というのは、どうやらリモートワーク時のネットワークセキュリティのことを指すようなので、その辺りは「総務省のこの資料」を読んでおけば良い。本当に重要な「セキュリティ」はもっと別のところにある。

まず、3LDK程度のマンションでは自分専用の仕事部屋を確保できない。小さな子供が2人もいると大変である。加えて自分のメンタルを仕事モードに切り替えるのが困難だ。自分が今いる場所は、本来「休憩所」であるからだ(そもそも、この認識自体が間違っているのだが、これを解説すると長くなるので省略)。

ここではヘッドセットを活用しよう。航空機やヘリコプターのパイロットが身につけているアレである。「これを装着している時の俺は仕事中」という「暗示」を自分自身にまずはかけるのだ。子供もそのような親は「仕事中」に見えるので、まとわりついたりすることはあまりしなくなるだろう。仕事中の親の背中を見せる格好のチャンスでもある。まずは形(形式)から入る。これがテレワークの基本だ。


テレワークは副業を促進する

出社して顔を上司に見せることが「仕事をしている」ということの証し、有効な「形式」だった古き良き時代もあったかもしれないが、もはや成果主義は当たり前である(というよりも、そもそも仕事というのは成果主義が基本である)。

外資系に多い「リモートワークしている社員がディスプレイの前にいるかどうか定期的に(本社からの)チェックが入る」というのも馬鹿げているが、これはディスプレイの前にいるのであれば仕事しているとみなしてくれる無能な本社による無能な社員に対する優しい制度(形式)なので、まもなく消滅するだろう。

ワーク(Work)とは突き詰めれば「クライアントと約束した品質のものを締め切りまでに納めること」である。あなたがサラリーマンの場合、ネットワーク越しにあなたを監視しているあなたの勤務先が(実は)クライアントに他ならない。「テレワークだと納品するものがない」となれば、本社からあなたは不要な存在と認識される。これがあなたにとっての最大のテレワーク上のリスクである。

逆に、自分は何が「納品」できるか、その納品先は本当に今の勤務先なのだろうか、ひょっとしたら別の企業や個人ではなかろうか、などと考えることができれば、いよいよテレワークを契機にあなたは副業、そして独立のきっかけをつかむことが現実味を帯びてくる。


労働者の「納品」は企業にとっては「調達」である

納品は、企業にとっては調達という行為になる。そもそも企業は、ある商品やサービスを仕入れる(=調達する)時に、その調達先が社内(=社員)が良いか、外部(=請負業者を含む市場)が良いかを経済合理的に判断するのが基本である。「社員を多く抱えた方が安上がり」という判断をしている企業が大企業(=会社分類上は1000人以上)だと考えれば良い。

この内部調達と市場からの調達のバランスは、その時々の経営状態によって最適解がズレるはずで、業種や業態によっても異なるが、経営の観点からすれば、どの割合が正しいか、ではなく、割合をいつでも自由自在に変化させることができるようにしておくことが肝要なのだ。

「テレワーク時に必要なのは、社員との(常日頃の)信頼関係」という言い方をする人もいるが、信頼関係とは(過去の)納品/調達実績に他ならず、この言葉から想起されるような情緒的なものではないので、「テレワーク時に必要なのは、社員の過去の納品実績」という言い方が正しい。その意味では今年度(2020年度)入社の新入社員は非常に厳しいスタートラインに立たされたことになる。1年間程度はメンターに任命された先輩が「密着」して指導するような初期の納品実績を確立するための制度が必要になるだろう。


オフィスはコンパクトな創発空間にせよ

リモートワーク/テレワークが常態化した時に、企業にとっての最大のメリットはオフィスを維持するためのコストを激減させることができる、という点にある。例えば、一学年だけで1万人を超える生徒を擁するマンモス大学は、全員が毎日登校することを想定していない(そんなことになったら即刻機能不全に陥る)。企業も同様だ。創発的な空間(離れ、縁側、土間などに該当する施設)だけをコンパクトに主宰すれば良く、社員も毎日通うわけではないので、それが都心や街の中心部でなければならない必然性もない。

東京の場合、結果的に都心6区(千代田、中央、港、渋谷、新宿、文京)のオフィス賃貸料は夏から秋にかけて劇的に下落するだろう。そしてこれは、経済対策として最も直接的に効くはずだ。売上が激減しても、固定費がそれと連動して低下するなら、企業というのは案外しぶとく存続する。

従って、妙な融資制度よりはオフィス(テナント)賃貸料を(一定期間だけでも)ゼロに近付ければ、復活は早いはずだが、それを阻むものはおそらく日本古来から続く土地神話ではないか。何しろ、日本の租税制度は水田に対する課税からスタートしていて、そこで育ったものをコメと呼ぶが、これは同時に、食べることができるカネでもあった、というのは周知の事実である(注1)。

ただし、
1)空き家が既に1千万戸を突破し、早晩2千万戸に到達する
2)今回の新型コロナウイルス騒動
そして明日発生してもおかしくないはずの
3)南海トラフ地震や首都圏直下型地震
といった要因によって、土地神話は案外簡単に破壊される可能性もある。このあたりは若い人の新しい価値観に期待したい。


ネットワークもまた一つの「現場」である

現場(実空間)には、五感で直接感じ取ることのできる様々な情報が充満していて、それ自体がパワーになることは言うまでもない。これをオンライン会議システムなどのネットワーク上で再現するのは難しいが、これもまた冒頭に述べた「書籍と電子書籍の違い」のアナロジーで説明できる。結局は「別の形式」なので、別の能力が必要とされる別の行為だと考えれば良い。

例えばオンライン会議は、日常的に行っている会議のように「場の雰囲気」に流されにくく、極めて論理的なやりとりを短時間で処理しやすいという特徴がある。通常時でも、会議の種類によってはオンラインのほうが向いているものがある、ということだ。

私たちが日常的に観察しているものでこのオンライン会議に最も適しているのが国会だろう。テキトーに消毒液を付けてマスクをしていれば国会だけは集会OK、というのがそもそもナンセンスだが、それ以上に、通常の国会が論理的に破綻していることがオンライン会議に移行することで、より明らかになるはずだ。

比較的大きなディスプレイに(自宅や宿舎などから)参加している議員の顔をすべて並べ(欠席している議員は欠席の表示ができる)、発言している人と進行役の委員長の顔だけを少し大きめに表示し、鮮明な音声で公開中継すれば、誰が正しい仕事をしているかが一発で分かる。贔屓のあるいは監視したい議員がいれば、その人だけをずっと見ていることもできる(何もしていないことが分かるだけだが、それもまた貴重な情報である)。

なお、非常時に限らず、極めて合理的でかなり実質的な打ち合わせができるのは、「事前にメール等で開始時刻を決めて、議論に必要な資料をシェアしたうえで実施する2人だけの電話会議」だ。特にVoLTE(注2)に対応している携帯(スマホ)同士の音声品質は極めて高いので、長時間の会話でも疲れない。得意先にはオンライン会議リテラシーなど存在しないのが普通だと考えれば「テレワークだと納品するものがない」と嘆く営業マンには強力な武器になる。電話(音声通話)の価値が改めて見直されるのが非常時の常であることは、みなさんよくご存知のはずである。

 

注1)
参考文献:『日本の歴史をよみなおす』網野善彦(筑摩書房、2005年)

注2)
VoLTE:Voice over LTEの略。4Gで音声データ(通話品質)を保証する。IP電話の音声品質の高さに驚愕した人も多いはずだが、あの技術がそのまま4Gの上に乗った、と考えておけば良い。なお蛇足だが、発信者を含めて数十人が同時に通話可能な音声サービス(いわゆるパーティライン)はどのキャリア各社も中止している。形式が破綻している典型だ。ラジオ番組でも2人(MCとゲスト1人など)の会話は楽しく聴けるが、ここにもう1人加わっただけで「なんだかわけわからなくなる」ことが多いのと同じ理由だろう。なお、さらに蛇足だが、LTEが活用されていないオフィスほど5Gに過剰な期待を抱いているケースが多いような気がする。困ったものである。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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