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「女性的」な起業こそが正解である

自分の「好き」は自分でも論理的に説明できない。しかし「好き」にこだわり、ごく近傍にいる親密な顧客との関係を重視する起業こそが求められている。

知人の投資家(かなり著名な投資家だが、当然名前は伏せる)で「女性経営者には絶対投資しない」と決めている人がいる。なぜか。

「リスクを取ることに興味がない」のがダメなのだという。ある程度事業が軌道に乗り始めると、シンプルな増資さえあればスケールアウト(拡大)できそうな状態になる。そのときに第三者増資を拒む女性経営者が非常に多いのだそうだ。伸るか反るかという判断を求められるときに女性経営者はかなり保守的になる(ごく一部の、そうではない人がメディアに登場していると考えるほうが自然だろう)。

これは投資家からすれば(まあ、当たり前だが)面白くない。自分の実現したい世界観がある程度出来上がると、それ以上規模を大きくすることに興味がない人が女性経営者には多い。これが投資家からは「ずいぶん低いレベルで」満足してしまっているように見える。

実は「42/54」は、この「投資家から見たときに魅力的には見えない会社経営」を推進するために立ち上げたサイトだ。つまり、このような「女性的」な起業こそがこれからの正解だというスタンスをとる。

この経営スタイルには「遊びと仕事の区別が判然としない」という特徴がある。サラリーマンから観測すると「土日の区別なく働いていてなんだか大変そう」に見える(らしい)のだが、本人はそれが好きでやっているのでなんら苦役と感じない。むしろそのような経営者からすれば、サラリーマン自体が「仕事と遊びを明確に区別できる二重人格の不思議な人たち」に映るだろう。

巷でよく言われる「仕事は、やるべきこと、できること、やりたいこと、で構成される」をそれぞれ3つの円で表し、それらが重なった状態のベン図を想定したときに、「やりたいこと」が他の二つの円をどんどん浸食し、最後に3つの円が完全一致してしまうと「遊びと仕事の区別がつかない状態の完成」ということになる。

ここで重要なキーワードは「好き」にある。自分の「好き」は自分でも論理的に説明しにくい。相手も同じものが好きでない限り共感してもらえない。同好の士が集まったときに居心地がいいのは、好きについての論理的な説明が不要だからだ(ついでに言えば、その好きのレベルが同じような水準だともっと気持ちいい)。

一般に増資を受け入れようとするときには第三者に対する「とても判りやすく論理的な説明」が求められる。賢い人ならたった一枚のエグゼクティブサマリーで相手を説得できるかもしれないが、ごく普通の人が「自分の好きを論理的に説明」するのは困難だろう(どうしても詭弁を弄することになる)。「好き」にはそういうジレンマがある。※1

(企業の規模を問わず)新規事業開発などを行うときに、論理的な説明は経営会議メンバーを納得させやすい。そして全員で合意して推進する。しかし、残念ながらその多くは失敗する。一方「なんだかわかんないけど俺、これやりたいっす」という提案は一般的には即ゴミ箱行きだ。但し、妙に共感してくれた社長が「おい、それやっていいぞ」と言ってくれれば儲けモノ。これはうまく行く。最終的に威力を発揮するのは「好き」なのだ。合理的・論理的に振る舞うことが重要になるのは、予算がついてから後のハナシである。

好きという感情はすべての論理に優先する。論理の積み重ね(いわゆる「べき論」)は「似たような別の論理の積み重ね」で迎撃して簡単に破壊することができるのに対して、人の「好き」という気持ちは(共感しないことはあっても)論理で否定するのは不可能だ。「うまいラーメンが食べたいなあ」と言ったときに「なぜ?その理由を論理的に説明してくれる?」と問い詰める相手は、そもそもあなたのデートの相手としては選ばれていないはずだ(そんなヤツはいないだろうけど)。

第三者増資は、自分の「好きの100%の実現」を結果的に拒むことになる(そうしてみんな大人になっていく、とも言えるが、そんな大人はもう要らん、というのが42/54的メッセージだ)。資本の論理をベースにした「やってもいいと思える社長」には「株式のすべてを所有している」か「まったく所有していないサラリーマン社長」の2種類しかない(後者は自分が傷つくことなく他人のカネを湯水のごとく使い倒してしまう面白さがあるが、42/54的価値観とは相容れないのでこれ以上議論しない)。

つまり資本主義社会とは、皮肉を込めた言い方をすれば「多くの利害関係者が株式保有率ゼロから100%の間で悲喜劇を繰り返すゲーム」なのだ。議決権比率だの種類株などを駆使することでさらに高度で判りにくい仕組みを作って楽しんでいる様子は、世の中のおよそ半分を占める女性の大半から見れば「なんかバカみたい」に見えているのではないか。そのゲームの本質的な馬鹿馬鹿しさを女性は理解している(ような気がする)。

さらにもうひとつ「好き」に関連して付け加えれば、その「好き」をくどくど説明しなくてもわかってくれる人だけが顧客になるので、結果的に、ごく近傍にいる親密な顧客との関係を重視することが多くなるだろう。不特定多数から多くの売上げを上げるという価値観とは相性が悪い。なにしろ好き自体の波及効果に興味がないのだから。

※ 1 但し、「論理をこねくり回すこと自体が好き」という人は少なからず存在する。何人か知り合いがいるが、そういう人にはとても魅力的な人が多い。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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