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手抜きの方法を必死で考える経営

「お座なり(おざなり」は「形式的には出来上がっているけど、なんとなく品質が低いもの」で「なおざり」は「途中まではやったけど、そのあと放置されているので未完成なもの」である。どちらであろうと、仕事でこれをやってしまったらアウトだ。ところが定年起業家は、気力も体力も底をつき始めてからのスタートになる。だからこそ定年起業家は、戦略的に“手抜き”をやらないと納品物がお座なり/なおざりになりがちである。手抜きは決して悪いことではない。むしろ自分の得意技に集中するための有効な手段だ。

一般的なサラリーマンであれば、役職が上になるほど少しづつ現場から離れ、いわゆる管理に近い業務だけになってしまうこともあり、少しずつ自分自身が身体を動かす機会が減っていく。そして、たくさんの同僚や部下が自分の周りにいることを前提とする働き方に最適化されてくる。

従って定年起業の場合、所詮自分には“そのような働き方”しかできないはずだ、というある種の諦めが肝心だ。発達や成長を持続している状態が“子供”だとすれば、定年起業はそこからもっとも縁遠い存在、つまり経験知だけで食べていく存在なので、能力開発を前提にしてはいけないのである。

老体(?)にムチ打って、やれ事業計画を作れだのマーケティングだの新規事業の作り方だのビジネスモデルだの顧客開拓だのと言われても、そんなことはあなたにはできない。むしろ「それらのことすべてをやらなくて済む経営とは何か?」と考えるところから定年起業はスタートする。

ただし、そのためには周到な用意が必要だ。後述する「人的資本の組み替え作業」が具体的な準備作業になる。5年程度は必要だろう。役職定年一歩手前(54歳前後)あたりから少しづつ考え始めないと間に合わない。ともあれ定年起業は、力まかせや思いつきの起業が許される30代までの起業とは、まったく別の行為であることを肝に銘じておこう(注1)。

厚労省の統計によれば、全就労者の約3割は何らかの疾病を抱えていたり、通院していたり、定期的な薬の投与が必要な人だという。当然、年齢が上昇すればこの割合も増加する。定年起業の一つの特徴は、“もはや無理がきくカラダではない”ということをわきまえなければならないことにある。定年起業は、儲けるためというよりは健康増進のための起業なので、当然、経営は健康的に運営される必要がある。ここで絶対やってはいけないことが無理をすることであり、必死で考えねばならないのは、いかに手を抜くかということであろう。

実は、定年後の起業術については、すでに様々な書籍が発行されている。もちろん全てに目を通したわけではないが、比較的通底しているように感じられたのは“もうひと頑張りだ”という応援メッセージである。もうひと花咲かせるためのノウハウを経験者がエールに包んで送るイメージとでも言えばいいのだろうか。もちろん(筆者に)悪意などあろうはずがない。しかし多分違う。頑張ってはイカンのだ。

曲りなりにも60歳まで頑張った人にもう一度奮起せよ、というエールを送るのはむごい。42歳で起業した筆者も、すでに役職定年の年齢を超え、まもなく本当の定年を迎えつつある年齢である。たった10年程度で目に見えて持久力が低下したことを実感している。集中して作業ができるのはせいぜい15分で、ウルトラマンが地球に滞在できる時間(放映時間は明らかにそれをオーバーしているが、建前上は3分ということになっている)よりはマシという程度だ(注2)。

加えて、昨日までは問題なかったカラダの一部が今日になって痛む、というようなことが日常茶飯事になる。そうなると、無駄だということがわかっていてもやらねばならない作業が本当に無駄に感じるので、体が動かない。また、頑張ってしまった後の疲労から回復するための時間とコストがバカにならない。

しかし、それがやりたいことである場合はカラダの反応が変わってくる。やりたいこと、好きなことであれば比較的長時間連続的に稼動できる。従って「やりたいことに集中するために、いかに他の作業の手抜きを考えるか」が定年起業のポイントになるのである。健康のためなら死んでもいいとまでは言わないが、手抜きのためならどんな努力も惜しまないという姿勢が重要になる。それが、あなたの健康増進につながる。

また、クライアント(顧客)になるであろう発注元の心理状態も想定しておきたい。大企業は温情や情けで零細企業に業務を発注しているわけではない。ある業務を実行する時に、それを実現するためのコストパフォーマンスの良い手段を、社内から調達するか市場から調達するかのクールな判断を実行しているに過ぎない。この“市場”に我々のような零細事業者が存在する。

加えて、当該クライアントの担当者はあなたよりも若い人であるケースがほぼ100%なので、彼らが発注しやすい環境とはどのようなものかを考慮する必要がある。事実上の下請けに該当する企業の社長が、先日まで自分の上司だったような人であれば、発注を躊躇するのが普通だろう。要するに“やりにくい”はずなのだ。

しかし、その社長の背後に、実働してくれる若い人の存在が見え隠れするようであれば、その心理的障壁はかなり小さくなるはずである。「実際にはこのオヤジではなく、若いスタッフがやってくれるようだ」ということが確信できれば、何の迷いもなく発注書を書けるだろう。あなたは品質を保証する認証局的機能を発揮しつつカリスマのごとく振る舞えばいいのである(注3)。

さて、前述の起業前にやっておくべき“人的資本の組み替え作業”とは、大別すると3種類の人材を揃える作業と言い換えることができる。

プライオリティの高い順に

1)あなたが作るであろう会社に発注してくれる可能性が高い人(企業)
2)受注した仕事を実際にこなしてくれる人(中小企業または自営業者)
3)応援してくれる人(企業)

になる(1は3の部分集合になることが多い)。

そして、実際にこれらの人たちを動かす業務を、現在所属する会社で、あたかも模擬実験のごとく実行してみよう。将来自分が作るであろう会社でやりたい仕事を今の職場でやってみる、ということだ。

無論、利益相反になるようなことをことはやってはいけないし、赤字になることが明確であれば単なる背任行為になってしまうので、そのあたりを十分に考慮しつつではあるが、その事業を実施するときに、上記の1~3のアセットをどのように組むと最適化されるか、を考えてほしいわけである。

そして、そこで醸成されるであろう人間関係をごっそり外に持っていくのが、あなたの起業の実態に他ならない。新規開発事業部門などに所属していると、このようなアドホックなプロジェクトを立ち上げやすく、実際、そこでの経験をベースに起業してしまう、ということは年齢とは無関係に大いにありうるので、できうればそのような職場あるいは風土を許す企業に在籍していることが望ましい。

このように考えると、定年起業の準備は実は5年前どころかもっと前倒しになる可能性が高く、40代の頃からの社内人事に対してどのように戦術的に動くかあたりまで遡る必要がありそうではある。

(注1)
少々古いデータ(2012年)だが、日本政策金融公庫が「シニア起業家の開業実態調査」を実施している。当該機関から融資を受けている企業に対するサンプリング調査なので、調査自体に代表性があるとは言い難いが、一言で言えば「なんとなく、あまりパッとしない実態だな」ということが明白である。ちゃんとした準備期間がなければこんなものだろう。

(注2)
厚生労働省が主催した2013年度のキャンペーンで「+10(プラス・テン)運動」というものがあった。これはとても厚労省が思いついたとは思えない良い企画だ。「あと10分、余計に体を動かすと健康になるぞ」ということなのだが、10分という時間の設定が絶妙なのだ(我慢できる時間の限界である。コンビニで買った食品で10分以上温める必要があるものは存在しないはず)。例えば、人を待っている時にスマホなどの暇つぶしグッズがなくても10分くらいなら待つことができるし(これが15分になるとうんざりしてくる)、アポイントなども早くて5分前遅れても5分の合計10分間が常識的な許容範囲だろう。嫌な雑務でも、10分間だけ我慢すればいいのならさっさと処理できてしまう(10分あれば一仕事できるとも言える)。「+10運動」は、本来は健康増進のためのキャンペーンだが、定年起業家が仕事をスムースにこなすためのノウハウとしても転用できる。

(注3)
カリスマ性を演出するのは簡単だ。他人が予期しにくい言動を繰り返し、非論理的に振る舞いながらも喜怒哀楽を必要以上に強調すれば、妙に神秘的な魅力のある人に見えるはずだ。さらに、自分の過去のエピソードの中から他人が経験していないと思われるところだけを抽出し、それらをつなげて無理やり怪しげなストーリーをでっち上げ、それを将来に向けた明確かつ壮大なビジョンとつなげてしまえば良い。加えて、感覚的にアピールする場として、定期的に実施する会議という名の儀式で、同じセリフを執拗に繰り返しスタッフを洗脳しよう。ついでに何か明確なシンボル(会社のロゴでも良い)が存在すれば、関係者全員の連帯感をさらに強くできるだろう。この時、徹底的にやっつけたいと思っている明確な敵がいれば、内部統制はさらに楽になる。これで売上げがたまたま上がってくれれば、めでたくカリスマになれる。ただし経営がダメな場合は、ただの馬鹿の烙印を押され、スタッフからそっぽを向かれることになることにも留意しておきたい。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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