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「事務所は郵便局のそばが良い」の心は?

シェアリングエコノミーなどとカッコつけた言葉を使わなくとも、共有財の「仮想の私物化」は極めて経済合理的である。管理コストが桁違いに小さいからだ。ここで一番重要な変数は「距離」になる。近くにある/近くにいるのであれば、わざわざ高いカネを払って所有することに何の意味もない。さらに、仮想的に私物化したいものがデジタルならば距離さえも問題にならない。これを世間では「クラウド」と言う。

起業時にどこに事務所を構えるべきかについての一般解は存在しない。個別事情や業種によって様々だろうし、事務所など不要だという考え方もあるだろう。筆者自身は、東京・外苑前と永田町にすでにオフィスを構えていた別々の友人の事務所2か所それぞれに机を置かせていただき、2つの住所を名刺に併記して、3年くらい活動していた。

だが、そのスタイルが正しかったのかどうかはよくわからない。カネがかかっていないことは確かだが、なんだか覚悟が定まっていないワークスタイルのように感じたのもまた事実である。

その後、紆余曲折を経て現在の事務所(麻布十番)に落ち着いたのだが、一番重宝しているのは「隣に郵便局があること」に尽きる。無論、沿線沿いにクライアントがいたりすれば利便性は高いし、駅から徒歩3分などということもありがたいのだが、日々の便利を痛感するのはやはり郵便局だ。

ネット全盛時代でも、全てが電子決済で済むクライアントはさほど多くない。弊社でもせいぜい数社といったところだろう。どうしてもそれなりの郵送物が発生するので、比較的頻繁に郵便局に出入りすることになる。加えて、こちらが一方的に「自分の事務所には郵便局が併設されている」と考えたところで誰に迷惑をかけるわけでもない、というところが素晴らしい。

これはコンビニが1Fにあるマンションに住んでいれば冷蔵庫は不要、という話と同じである。同様に、もし仮に自宅のそばに動物園があり、そこにキリンがいるのなら、とても自宅で飼うことはできないキリンをまるで我が家のペットのように可愛がることも可能だろう。もちろん入場料は負担せねばならないが、自宅でキリンを飼育するのに比べればかなり安上がりである(そもそも自宅でキリンさんを飼っていいのかどうかに興味のある人は勝手に調べるように)。毎日顔を出してくれるようであれば先方もきっと覚えてくれるはずだし、こちらは何の世話もせずただ可愛がってあげればいいだけ、ということになる。

以前弊社に在籍していた社員は自宅の隣がレンタカーの営業所だったので、自分でクルマを所有していないにもかかわらず、毎週のように軽井沢あたりに友人と出かけていたらしい。レンタカー店を自宅の車庫とみなしても支障はないわけである。自家用車を所有することに比べたら桁違いに安上がりな、実にクレバーな選択と言える。流行のカーシェアリングと比較しても確実に車両を確保できるというメリットもある。ともあれ、場所自体の価値は自分にとって必要なものがその近傍にどの程度密集しているか、によって決まるということの好例だろう。

さらに、余談をもうひとつ付け加える。もう何年も前になるが、筆者の自宅は5棟程度を一度に開発したミニ分譲物件である。施工が始まる前に「もしもこの5棟が塀(へい)を作らず、施主全員が他人の庭を自分の庭のようにみなせると、とても広々としたエリアを確保できたような感覚を5棟の家族全員が共有できるはずだ」と考え、他の4棟の施主に「塀を作るの、止めませんか?」と提案したのだが、全員から却下された。

筆者だけが比較的若く、残りの4棟の施主は、退職金を手にして一戸建ての建築に漕ぎ着けたような世代の人たちばかりだったので「この兄ちゃん、何を言ってるのか意味不明」という反応だった。その後、コーポラティブハウスなる形式がそれなりに流行することになるのだが、やはり同じ世代の人たちでないとその価値を共有するのは難しいのだろうか。私のアイデアを却下した連中の年齢に自分が近づきつつあることを思うに、なんだかしみじみする今日この頃だったりする。

ともあれ、シェアリングエコノミーなどとカッコつけた言葉を使わなくとも、「共有財の仮想的な私物化」は極めて経済合理性が高い。管理コストが桁違いに小さいからだ。言うまでもなく、ここで一番重要な変数は「距離」になる。近くにある/近くにいる、ということ自体が財産なので、わざわざ高いカネを払って所有することには何の意味もないわけだ。距離は仮想の資本とみなせる、と言い換えても良い。

さらに、仮想的に私物化したいものがデジタルだとすると、距離自体が問題にならなくなる。これを世間では「クラウド」と言っているのだと理解しておけば良い。それでなくともクソ暑い事務所の中に暖房器具としてしか機能しないようなサーバーを設置して保守管理している、なんてのはどう考えてもカネの無駄遣いである。たまに暴走したりしてあなたの大切な時間をも奪うことになる。

これも余談だが、結婚も実は距離の関数である。大恋愛の末にとか、最愛の人に巡り合ったので結婚したわけではなく、大抵の場合、「たまたまそばにいた人の中から適当なもの、比較的まともなものを見繕った」というのが実情のはずである。少なくとも結婚するまでのどこかのタイミング、あるいはある程度のまとまった期間に自分の近傍にいた人が伴侶になっているケースが大半だろう。

つまり、結婚した理由の中で最も大きなインパクトになった因子は、愛でも恋でも容姿でもなく、距離なのである。なんだか夢も希望もないハナシなのだが、まあ結婚なるものは、その後の過ごしかたが遥かに重要なのであって、結婚した理由なんぞは取るに足らないどうでもいいことなのだ。仲人を介した見合い結婚というのは、実はかなり合理的な制度だったのではないかとさえ思う。

(参考)
人生をクラウド化、オンデマンド化する(42/54)

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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