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メールは「伝わらないもの」と心得よう

定年企業家が身につけるべき最重要のITリテラシーは、コミュニケーション・ツールとしてのメールの使い方である。インターネットがあればどこでも仕事ができる、とは言うものの仕事やそれにまつわるコミュニケーションというのはそう単純なものではない。メールで伝わるのは言葉ではなく文字に過ぎない、ということを理解しよう。メールは文字で書いたこと以外は何一つ伝わらないのである。

一つ前の「No.104 毎日出勤するために起業しよう」で論じたように、それなりに仕事があり、居心地の良い仕事場も確保したとしよう。こういう状況でITリテラシーが妙に高い人ほど陥りやすい間違いの一つに「(インターネット)メールで済ませよう」という態度がある。

しかし、クライアントとの定期的なミーティングが散発的になりメールで済むようになってきたら、それは契約の終了が近づいていることを示唆する、くらいに考えておいたほうが安全だ(実空間を共有しない関係が長続きしないという意味では、仕事も遠距離恋愛も一緒である)。

まず、メールで伝わるのは言葉ではなく文字に過ぎない、ということを理解しよう。メールは文字で書いたこと以外は何一つ伝わらない、ということを肝に銘じておこう。書かなかったことと書いたことの比率など、いうまでもなく、ほぼ「無限大:1」とみなしてよかろう。

通常、私たちが実空間で行っているコミュニケーションは、言葉や文字以外の膨大な情報(言い方、仕草、視線、空気感、時刻、場所、天候、ニュアンス等々、挙げたらキリがない)を同じ時空間で共有するところからスタートしている。メールはそのコミュニケーションのうち、文字だけを伝えるツールに過ぎない。しかも手書きではなくデジタルフォントしか使えない。これで伝わるわけがないのだ。この伝わるわけがないという謙虚さを理解してメールを使わないと、最終的に人間関係は限りなく細いものになっていく。

出不精の人がそれでもなんとかメールで伝えようとすると大抵の場合、文字数が膨大になる。筆者の周りには書くことを仕事にしている人が多いこともあり、たくさん書けばたくさん伝わると思っている殊勝な人が多いのだが、せいぜい「無限大:1」が「(無限大-1):2」に微増する程度に過ぎないのである。

いかに速く書こうとも、論理的に整合性がとれた文章にしようとすればするほど時間を使うことになる。 1時間くらいごく普通のスピードで喋り続けると、だいたい文字数にすると10万字程度になるので、電話一本かけて30秒の会話で伝えたいものをメールに換算すると、およそ800文字くらいにはなる計算なのだ。なんとこれだけで原稿用紙2枚である。それを書くのに膨大な時間を費やし、しかも残念ながら伝わらない。

書くほうが時間を使うのは、その人の勝手かもしれない。しかし、長いメールはそれを読む人の時間をも奪う、ということにも想いを馳せて欲しいわけである。しかもその長い論理的なメールを読んでも、気になるのは行間のニュアンスだったりすると、そのあたりまで想像する能力をも要求することになってくる。

もっとひどいのになると、意見を求めるメールを送ってくる馬鹿がいる。「●●について、竹田さんはどうお考えですか?」みたいなやつである。そのメールに返信すること自体が、膨大なテキストを捻出せよという暴力になっていることを想像できないのだ。

定年企業家が身につけるべきITリテラシーは、コミュニケーション・ツールとしてのメールの使い方だけで良い。Excelなどの表計算ソフトも本当は必須なのだが、あれもこれもやれと言われてもできないだろうから、一つだけに絞るとすればメーラーに尽きる。

しかし、そこそこの数の中小企業の経営者とそれなりのやり取りをした経験で言えば、彼らとはメールでコミュニケーションすることはほとんどない。電話か実空間での会話だ。彼らは、メールではニュアンスが伝わらないことを生得的に理解しているフシがある。

メールは、アポイントを確定させるため、あるいは議論を必要としない事務連絡のためであれば積極的に使う意味がある。電話の「もしもし(最近は着信相手の名前が表示されるので死語になりつつある?)」が「あなたは今、通話可能ですか?」というメタメッセージであるように、メールを送るという行為のメタメッセージは「あなたに会いたい」ということに他ならない。それが伝わるだけで十分だ。

また、自分の正当性を主張したい場合はメールを使い、エビデンス(証拠)として残したくないことについては電話で会話しようとする狡猾な相手に出くわした経験をお持ちの方も多いと思うが、このようなタイプの人間とは一緒に仕事をしてはいけないどころか、なるべく早急に人間関係自体を断ち切ったほうが安全である。間違いなくその人はあなたの敵である。

参考)
コミュニケーションについては、「No.91 ダメなコミュニケーションとは?」でも触れているが、サマリーのこの一文が的を射ていると思う。

ダメなコミュニケーションに陥らないために共通なことは、このメッセージや情報が相手にとってどのような意味を持つか、受け取った相手は何を感じるか、ということをその情報を流す前に考える、もし同じようにこれを自分が受け取ったらどう感じるかを考える、ということに尽きます。

書名
会社をつくれば自由になれる
出版社
インプレス/ミシマ社
著者名
竹田茂
単行本
232ページ
価格
1,600円(+税)
ISBN
4295003026
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